2020年に入り、新型コロナウイルス感染症が報告されました。目に見えないウイルス。感染経路を辿たどることや、完全にシャットアウトすることは容易ではありません。一方で、予防接種によって感染を防ぐことができるウイルスがあることをご存知でしょうか。しかしながら、感染によってお腹の中の小さな命に障がいが残る可能性もあります。成人には軽い症状ととらえられやすい「風疹(ふうしん)」。娘を先天性風疹症候群で亡くした母親が、排除を訴え活動を続けています。(JAMMIN=山本 めぐみ)

「お父さんとお母さんと私はがんばりました」
死の直前、娘が書き遺した手紙

「風疹をなくそうの会 『hand in hand』」代表の可児さん(左)と生前の妙子さん

「先天性風疹症候群(せんてんせいふうしんしょうこうぐん)」は、妊娠中の女性が風疹にかかることによって、胎児が難聴や白内障、心疾患や発達の遅れなど先天性の障がいを持って生まれてくる疾患です。

風疹排除のために活動する「風疹をなくそうの会 『hand in hand』」代表の可児佳代(かに・かよ)さん(66)。娘の妙子(たえこ)さんは先天性風疹症候群を持って生まれ、19年前、18歳という若さでこの世を去りました。

亡くなる直前、彼女がしたためた手紙には次のように書かれていました。

「お父さんお母さんと私はがんばりました」

妙子さんが亡くなる直前に遺した手紙

妙子さんの死後、「知識がなかったばかりに風疹にかかり、そのせいで娘は亡くなった。風疹によって悲しい思いをする人をこれ以上増やしたくない」と、仲間と共に風疹排除のために立ち上がった可児さん。国の主導のもと、昨年から、過去に風疹の公的な定期接種の対象にならなかった昭和37年4月2日~昭和54年4月1日生まれの男性を対象に、風疹の抗体検査と予防接種が無料で受けられるクーポンが配布されていますが、稼働率はたった5%だといいます。

「風疹の恐さやクーポンのことが知られていない。どうすればなくなるのか、その方法がここまで明確にわかっていて、しかも国が動いて抗体検査と予防接種の無料クーポンまで目の前にある状況なのに、なかなか前進できない。とにかくこのクーポンが有効な3年間、この活動にかけようとメンバーと話をしています」(可児さん)

2012~2013年にも大流行した風疹

団体共同代表の西村麻依子さん(左)、役員の大畑茂子さん(中央)と可児さん。西村さんと大畑さんも、先天性風疹症候群の子どもを持つ母親だ

風疹は「三日はしか」としても知られており、ウイルス感染によって発症する感染症です。感染した人の咳やくしゃみ、つばなどから飛沫感染・接触感染し、潜伏期間は2~3週間あるといいます。

一人の感染者から5~7人に感染するといわれており、感染力が決して弱くはありません。場合によっては重篤化することもありますが、健康な成人であればそこまで大きな症状はなく、発熱や発疹、リンパ節の腫れなどの症状が出て、10日もすれば治ります。しかし妊娠中の女性が風疹にかかった場合、高い確率で胎児にもウイルスが感染し、心臓や目、耳に障害が起こることがあります。これが「先天性風疹症候群」です。

病院を退院後、自宅にて。「生後5ヵ月と7ヶ月の2回、先天性白内障の手術をしました。手術によってコンタクトレンズやメガネを着用して両眼で0.3の視力になり、日常生活には支障がないくらいになりました。やっと視力が出始めた頃、天井にぶら下げてあるメリーゴーランドを認識して笑いました」(可児さん)

「妊婦さんが妊娠20週までに風疹に感染すると、胎児に特に重い障害が出る可能性が高いといわれています。妊娠0~4週目に感染した場合には半数以上の確率で障害のある子が生まれるといわれていて、20週目以降に感染した場合、確率は3~40%に減っていきますが、妊娠7ヶ月の時に風疹に感染したお母さんから高度難聴の赤ちゃんが生まれたケースも過去にありました。2012年~2013年の風疹の大流行では、45人もの先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれたと報告されています」(可児さん)

37年前、妙子さんを妊娠した初期に風疹にかかった可児さん。妙子さんは白内障や高度難聴、心臓から肺に血液を送る肺動脈と心臓から全身に血液を送る大動脈がつながったままで心臓に大きな負担がかかる「動脈管開存症(どうみゃくかんかいぞんしょう)」などの障害を持って生まれました。

ワクチンがあるのに、なぜ防げないのか

可児さんお気に入りの一枚。「2001年1月、妙子が亡くなる1ヵ月くらい前の写真です。雪がたくさん降ったので弟と一緒に作った雪だるまと共に」(可児さん)

感染を予防するワクチンが存在しながら、なぜ風疹、そして先天性風疹症候群を防ぐことができないのでしょうか。可児さんに尋ねてみました。

「一人ひとりが予防接種を受けて集団として免疫を持つことで、感染や流行を防ぐことができます。しかし、日本では過去に予防接種を打っていない世代が残っていることにより、残念ながら風疹の排除には至っていません」

「予防接種に対する政策が、年によって異なるのが原因です。日本では過去に、女性だけが公的な定期接種の対象となり、男性が対象とならなかった時期がありました。昭和37(1962)年4月2日~昭和54(1979)年4月1日生まれの男性については公的な風疹の予防接種が行われておらず、抗体の保有率が他の世代に比べて低くなっています。そのために自らが感染源となって家族や周囲の人たちにウイルスを広げてしまう恐れがあるのです」

2020年2月、”風疹ゼロ”プロジェクトのアピールイベントが東京・有楽町の交通会館前で行われた。ノベルティグッズを配布する可児さん

「妊婦さんにはワクチンを打つことができません。妊娠を希望する場合は、妊娠前に抗体検査を受けて、抗体価が低ければ妊娠前に予防接種を受けておく必要があります。万が一妊娠中に風疹に感染してしまったら、どうすることもできないのです」

「『小さい頃に予防接種を受けたから大丈夫』と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし記憶は曖昧な部分もあります。仮に風疹の予防接種を受けたことが記録としてきちんと残っていたとしても、体質によっては予防接種を受けても抗体がつかない方が10~30%いるといわれています」

「将来妊娠する可能性のある女性だけでなく、性別や年齢問わず社会全体で集団として免疫を持っておくことで、生まれてくる命を皆で守ることができる。『ワクチン接種によって守れる命がある』ということを知ってほしい」と訴えます。

国が発行している無料クーポン、
対象者は是非利用を

各自治体から届けられるクーポン

風疹は過去におよそ5年ごとの周期で大きな流行を繰り返してきました。度々の流行に国も危機感を抱き、過去に定期接種の対象にならなかった男性を対象に、昨年から3年間限定で年間130億円もの予算を投じて風疹の抗体検査と予防接種(1回)が無料で受けられるクーポン券の配布をスタートしました。

「昨年からスタートし、1年目(2020年3月末まで)には、2020年4月1日時点で概ね41~48歳(昭和47(1972)年4月2日~昭和54(1979)年4月1日生まれ)の方を対象にクーポンが届けられました。この4月からは、2020年4月1日時点で48歳~58歳(昭和37年(1962年)4月2日~昭和47年(1972年)4月1日生まれ)の方を対象に、お住まいの市区町村からクーポン券が届きます。是非利用してください。クーポンの使用期限が切れてしまった、無くしてしまった、見当たらないと言う場合も是非市区町村に問い合わせ、確認してほしい」と可児さんは訴えます。

2020年2月、Jリーグ試合会場の埼玉スタジアムにて、風疹の抗体検査が実施された時の一枚(写真提供:和光市天野医院)

「クーポンは、全国どこで使っても構いません。たとえば住まいが京都で大阪にお勤めの方であれば、仕事の合間に大阪の病院を受診できます。夜間や休日に受けられる医療機関もあります。ただ、すべての医療機関がクーポンに対応しているわけではありませんので、事前に受診が可能か調べておく必要があります」

東京オリパラでも懸念される風疹。
命を守る「思いやりのワクチン」

お茶目な性格だった妙子さん。大好きだった『ピーターパン』の『フック船長』から名前をとった愛犬・フックと。「フックは妙子が亡くなった後、1年後に後を追うように旅立ちました」(可児さん)

韓国やアメリカやオーストラリアなどでは風疹が排除されており、日本での風疹の流行を受けて、妊婦に対して日本への渡航自粛勧告が出ている国もあるといいます。

「この夏には東京オリンピック・パラリンピックが開催されますが、日本人だけでなく、海外から日本を訪れる人たち、そしてその中でもお腹のなかにある小さな命とその未来をも配慮できる、思いやりのある日本社会であってほしい。ぜひ、風疹に意識を向けてほしい」と可児さん。

「『自分は子どもはいらないから関係ない』『もう子育ては終わったから必要ない』と思う方もいらっしゃるかもしれません。でも、あなたが感染源になって誰かにうつしてしまう可能性があるのです。その誰かが偶然隣に居合わせた人かもしれないし、大切な誰か、自分の子どもや孫かもしれません」

「誰かのために行動するのは決して簡単ではないかもしれません。でも、このワクチンは、未来の命を守るための『思いやりのワクチン』だと思って行動してくださればうれしいです。そして皆で風疹を防ぎ、風疹が流行らない、先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれてこない、やさしい社会になってほしいと心から願っています」

「風疹排除は、娘からのバトン」

2019年、他の団体と共に、加藤勝信厚生労働大臣に風疹排除に向けて要請を行った時の一枚

「妙子を産んで間違いだったと思ったことは一度もありませんが、『なぜ妊娠前に予防接種を受けなかったんだろう』『もし私が風疹にならなければ、この子は元気だったかもしれない』と申し訳ない気持ちや後悔でいっぱいでした。『もし過去に戻ることができるのなら、ワクチンを打ってもう一度やり直したい』、今でもそう思います」と可児さん。

「妙子が『お父さんお母さんと私はがんばりました』という手紙を遺してこの世を去った時、私は彼女からバトンを託されたと感じました。妙子と次に会える時、彼女がその生を精一杯生きたように、『私もがんばったよ』と胸を張っていえるよう、これ以上風疹でつらい思いをする人を増やしたくありません。防ぐことができる病気なのに、知っていたら守れる命なのに、防げていないし、守れていない。私たちの声の上げ方がまだまだ足りないと感じています」

妙子さんが生きていたら、今年37歳。今、彼女にどんな言葉をかけたいか尋ねてみました。

「団体の共同代表である西村は、実は妙子と同い年なんです。彼女も先天性風疹症候群の赤ちゃんを産み、風疹のことを何も知らなかったことを悔いて風しん排除のために活動していました。その姿を初めて見たとき、後ろからガンと殴られたような気がしました。私たちはこんなにつらい思いをしたのに、それをまた繰り返してしまった。『お母さん、何をしてるの!もっとしっかりしなさいよ!』、そんな妙子の声が聞こえてくるようでした」

共同代表を務める西村さんの娘の葉七(はな)ちゃんも先天性風疹症候群を持って生まれた。「動脈管開存症(心臓)・脳室拡大(脳)など様々な症状がわかりましたが、自然治癒しました。現在は発達遅延・強度の乱視があり、療育や学習支援の教室に通い、乱視は眼鏡をかけて矯正しています」(西村さん)

「そこからは、風疹排除のためにできるだけのことをしてきたつもりです。『妙ちゃん、少しは前に進んだかなあ?お母さん、死ぬまでには風疹を無くせるかな?風疹を無くしてから、そっちに行きたいな』…、そんなことを話したいです」

「どうすればなくなるのか、その方法がここまで明確にわかっていて、しかも国が動いて抗体検査と予防接種の無料クーポンまで目の前にある状況なのに、なかなか前進できない。クーポンが有効なあと2年、死にもの狂いで頑張りたいです。そしたら『妙子、お母さんもがんばったからそっちへ行ってもいいかな』、そんな風に彼女にいえるかなと思っています」

風疹排除に向けて、クーポンの啓発を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「風疹をなくそうの会『hand in hand』」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。

「JAMMIN×風疹をなくそうの会『hand in hand』」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、一人でも多くの人が抗体検査と予防接種を受けてもらえるよう、無料クーポンを周知するためのチラシ印刷のための資金となります。

「JAMMIN×風疹をなくそうの会『hand in hand』」2/24~3/1の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はベーシックTシャツ(カラー:キナリ))。価格は700円のチャリティー・税込で3500円)。アイテムは他にパーカー、トートバッグやキッズTシャツなども

JAMMINがデザインしたコラボアイテムに描かれているのは、プレゼント箱から出たオリーブの樹。風疹のことを知る、予防接種を受けるといった一人ひとりのアクションが、誰かへのギフトにつながるのだというメッセージを表現しました。チャリティーアイテムの販売期間は、2月24日~3月1日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

「いつか娘とまた会う日まで、風疹を二度と流行らせない」。風疹で娘を失ったある母親の挑戦〜風疹をなくそうの会『hand in hand』

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は290を超え、チャリティー総額は4,000万円を突破しました!

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