出産や子育てをきっかけに、「いのちに根を張る生き方」に立ち返ってほしい――そんな思いで活動を続けるNPOがあります。産後うつや虐待、孤独死といったニュースが相次いで報道される中、出産や子育てを皆でわかち合う学び場「Umi(うみ)のいえ」を開いています。活動の様子を取材しました。(JAMMIN=山本 めぐみ)
「産み育て」に関するさまざまなイベントを開催
神奈川県横浜市を拠点に活動するNPO「Umi(うみ)のいえ」。「いのち・こころ・からだ・暮らしの学び合いの場」として、出産や子育て、食や健康、住まい、文化など、いのちにつながるさまざま講座やワークショップ、語り合いの場を企画・運営しています。
「団体名である『Umiのいえ』の『Umi(うみ)』には、赤ちゃんを産み育てる『産み』だけでなく、元気や夢、愛を生み出す『生み』、からだとこころの膿を出すの『膿み』、いろんな意味が込められています」と話すのは、スタッフの上村聡美(うえむら・さとみ)さん(41)。横浜駅近くの雑居ビルの1フロアを改装、4つある部屋では、これまでさまざまなイベントが開催されてきました。
「『お産』『子育て』というキーワードが活動のベースではありますが、結婚や出産している・していないに関わらず、各地からいろんな方が参加してくださっているのが特徴です。『いのちはバリアフリー』をテーマに、出産や子育てに関してだけでなく、障がいや性に関することなど、さまざまな多様性を受け入れています」
「出産は本来、自然の摂理であり神秘」
代表の齋藤麻紀子(さいとう・まきこ)さん(51)は、29歳、26歳、24歳の三児の母。2007年に団体を立ち上げる前から出産に関する市民活動に長く携わり、出産に関わる人たちのジレンマを感じてきました。
「出産は本来、自然の摂理であり神秘であるもの。しかし女性が男性と同様に働くようになり、生活環境も変化し、高齢出産が増え、女性のからだは変化してきました」
「妊娠しにくい、産みにくい、そして出産した後も子育てしづらい環境が年々加速しています。安全を最優先にした時に、医療による管理や介入は必要です。その管理の中で、寄り添いを得られなかった出産では、こころが置いてきぼりになり、こころとからだと目の前にいる赤ちゃんとがつながらないままで、産後に苦しむ人もいます」
「市民活動を続ける中で、もっと産む人の気持ちを大切にしていいんだ、産む人が主役なんだ、産科医療の中でもっと人として大切にされるべきなんだと確信しました。産み方は、その後の子育てに良くも悪くも影響してしまうことを多くの人たちの声から学びました。そこで私は、母親の立場から出産の在り方を見つめ続けていこうと決心しました」
そんな中、古くから日本人が大切にし、受け継いできた伝統的な生き方やお産のあり方、「食べる・寝る・動く」ことの大切さを痛感した齋藤さん。文化や経験を継承し、出産や子育てを皆でわかち合う学び場が必要だと感じ、2007年に団体を設立しました。
生活の変化や医療の発達により
十分な準備ができていないまま出産を迎える人も
出産を取り巻く環境は、一昔前から大きく変化していると齋藤さんは指摘します。
「出産の日を迎えるために『からだづくりをするんだよ』と心身の心構えを教えてくれる人も、教えてくれる場も少なくなりました。また、仕事で日中ずっと座りっぱなしの女性も多いです。動かないので、下半身は冷え切っています。忙しい時は食事も適当なもので済ませるし、頭痛や便秘も薬でなんとかごまかします。でも、お産はごまかしが効きません。ふだんから飲み食いしているもの、吸っている空気、すべてを吸収し、胎児は育っていきます」
心身が十分な準備ができていないまま出産や子育てがスタートすることによって、出産を医療者に簡単に任せがちになったり、何かあった時にすぐ誰かのせいにしたりしまうマインドが蔓延してしまうと齋藤さんは警鐘を鳴らします。
「そこには現実として、妊婦さんが医療者と信頼関係を十分に築けていないまま出産を迎えなければならないという課題もあります。安心を感じていないから、出産時にも心身は緊張状態のまま。のびのびできないお母さんのからだから、赤ちゃんは生まれやすいでしょうか。陣痛促進剤を使ったり、赤ちゃんを出すために引っ張ったり切ったりして、医療の手助けがもっと重なっていくのです」
「そのようにして赤ちゃんを産んだお母さんの中には、出産の喜びや快感を感じることがないまま、生まれてきた赤ちゃんを見て、ただ『自分のお腹から出てきたかたまり』のように感じたという人もいます。愛情のスイッチが入らないまま子育てに突入し、いつまで経っても子どもに愛着がわかなかったり、ホルモンのバランスが乱れて鬱っぽくなってしまったり、ずっと後になってから不調を訴える方もいます」
産科の減少、混合病棟の増加によって
医療現場にも混乱が起きている
さらに、産科医療の現場でも大きな変化が起きていると齋藤さんは指摘します。
「全国で産科が激減しています。産科だけの医院は減り、他の科と一緒になった医院がこの10年で激増しています。今、日本の産科の80%は混合病棟になっています。混合病棟になると何が起こるか。医療者の方たちは自分の専門外のこと、出産から介護、看取りまですべてをやらなくてはなりません」
「お産は『病理』ではなく『生理』。たとえ難産の後に養生期があったとしても、母親になっていく人生の大切なスタートの時です。しかし混合病棟の中では、妊婦さんはどうしても『病人』『患者』として管理・対応されがち」と齋藤さん。
「これまで、新たないのちの誕生を支えてきた助産師の役割は『産む力・生まれる力を最大限に引き出すこと』でした。しかし今の混合病棟では、お産に関することばかりをやっていられません。医療者は他にもたくさんやることがあって走り回り、妊婦さんと向き合う時間が極端に少ないのです」
「そうすると妊婦さんたちは『何もわからない患者』になるしかないのです。受け身になり、産むこと、生み出すことは自分ごとであるはずなのに、指示を待ってしまうのです」
「医療者の人手が足りなくなると、なるべく人手のある時、つまりは平日の夕方5時までに生んだ方が安全だという判断から、促進剤を使用し出産を早めたりといった医療によるコントロール、人工的な介入を選択する場合もあります。それは『産婦さんと赤ちゃんの命を守るために』という医療者のご努力です。しかしその一方で、人間本来の『産む力・産まれる力・待つ力』は、どこに行ってしまうのでしょうか」
「お腹の中の赤ちゃんにも、自分が生まれたい時間、外に出るタイミングがあります。十人いれば十人、それが異なるのは当然のこと。しかし本人の意志とは異なるタイミングで、大人の事情から突然外に出されてしまう。お産の現場の中で、本来主体であるはずの『産む人・生まれる人』の存在がすっぽり抜け落ちてしまっている現実があるのです」
お産は、女性の転機、「人として大切にされた」経験が、その後の大きな糧になる
「我が子を取り上げてくれた助産師は、医療を超えたもう一人のお母ちゃんのような存在だった」と齋藤さんは自身の出産を振り返ります。
「私はお産を通じて、情を持ち、こころでケアしてくれる人に出会いました。長男を妊娠した時私は21歳で、産む気もお母さんになる気もない若造でした。そんな私に対して『いい加減にお産に向き合いなさい』と怒ってくれたのもその助産師の方でした」
「妊婦がお産に気が向いていないと、赤ちゃんは『こっちを向いて』と合図を送ります。長男は4回逆子になりました。お腹の中にいた時から反抗期をしてくれて、『いい加減に気持ちをこちらに寄せてくれ』と示してくれましたが、その度に大変な思いをした私に、こころから寄り添ってくれたのが助産師さんでした。もしこれが『ハイ、次の検診はいついつですよ』と言われるだけの関わりだったら、こころは動かなかったでしょう。でも、そうではなかった。相手の真剣さが、私を動かしてくれたのです」
「お産は、女性にとって大きな転機」だと齋藤さん。
「『人として大切にされたかどうか』が、その女性の、その先の人生の糧になると思っています。目を見て優しく説明してくれて、手を握って安心させてくれて、その人に今一番必要なことは何かを考えてくれる。その人の幸せを願ってくれる医療者に出会うことができたら、自分を愛するきっかけをつかめるのではないかと思うのです」
「しんどい時に背中をさすってくれたり、マッサージしてくれたり、よく来たねと手を握ってくれたり…。必要なのはそういうことではないでしょうか。病院の待合室で、本当はみんなつらいししんどいのに、誰とも目を合わさず、電車の中みたいに孤独に座って名前が呼ばれるのを待っている。それはおかしいと思います」
お産を「いのちの根っこ」に立ち返るきっかけに
「動じず、しなやかに生命を維持し続けるためには、しっかりと張った根っこが必要。その『根っこ』の部分に立ち返りたい」と齋藤さん。
「お産は女性の人生を変える、大きな転機です。でも、それを産む人も医療者も粗末に扱ってしまったらどうでしょうか。産むのも育てるのも人任せ、何かあったら他人のせい、それでは根っこは育っていきません」
「木の根っこは外からは見えません。それと同じでお産も子育ても、地味だし誰も褒めてくれないし、当然インスタ映えなんてしないけれど、こつこつと真面目に日々と向き合い、丁寧に積み重ねていくことが、いつしか深い根となり、揺るがないものとしていのちを支えてくれるでしょう」
「喜びや悲しみ、苦しみも経験しながら蓄積されていく日々の暮らしの知恵は、何があってもその人を支えていくもの。いのちがけで産んだ・生まれたいのちだからこそ、『産んでよかった』『生まれて良かった』と思える社会を次の世代のためにも残したい。心からそう思います」
「Umiのいえ」の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「Umiのいえ」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×Umiのいえ」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、横浜にある「Umiのいえサロン」維持のための資金となります。
「新型コロナウイルスが収束するまではオンライン講座を中心に全国に届けていきますが、その根っこはやはりここ、『Umiのいえサロン』です。ここは第二の実家のような場所。『基地』であり、『根っこ』です」(上村さん)
JAMMINがデザインしたコラボアイテムに描かれているのは、二つの水瓶と、満々と水をたたえた豊かな大海。二つの水瓶は、いのち、そして女性を育む「子宮」の象徴として描きました。
チャリティーアイテムの販売期間は、4月27日~5月3日の1週間。JAMMINホームページから購入できます。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。
・お産と子育てを通じ、根っこにかえる。しっかり立ち、根を張るためにつながり支え合う、いのちと暮らしの「学びの場」〜NPO法人Umiのいえ
山本 めぐみ(JAMMIN): JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は4,400万円を突破しました!