今まで人が出て行くのに慣れていた島根県江津市の住民とって、県外の会社を退職しの出身地島根に帰って来た田中理恵さんの言葉は、意外な発見だった。そうか、若い人は島根に帰りたいんだ、とストンと腑に落ちたそうだ。

田中理恵さん


島根県江津市。江の川が日本海に注ぐこの街は、江戸時代には舟運業、海運業で繁栄した都市だった。現在の人口は25,750人。5年間で3000人も人口が減少した。平成17年の国勢調査では、島根県8市の中で江津市が最も人口減少率が高い、高齢化率が高いという結果がでている。

2010年1月、島根県江津市のビジネスコンテストで、田中理恵さんの想いが、地元のキーマン、有力者、行政関係者に届いた。そして今まで温めていたNPO設立構想を、彼女を核にして実行することに決めた。

現在、創業支援、人材育成、商店街活性化事業を手がける「てごねっと石見」のオフィスは元信用金庫の建物にある。コンクリートのガランとしとした建物の中を通ると、賑やかな声が聞こえるドアがあった。開けると真っ白な壁で囲まれた明るい一室に数人のスタッフとインターン生が談笑していた。

「ツイッターで「帰って来れる島根」とつぶやいていたら予想以上に多くの反響をいただきました。当初はリアルよりネット上の繋がりが圧倒的に多かったです。自分のやっていることは、多くの人がやりたいことなんだって分かって、突っき進めー!みたいな笑」

しかしビジネスコンテストの優秀賞を得て(賞金なし)して、いざ現場に入ると、夢を叶えるスタート地点に経ったにすぎないことを知ったという。というのも、田中理恵さんは、NPO発起人の理事たちがお互いを知らず、まずは発起人同士を繋げるところから始めなければならなかったという。

また、地元の経営者との感覚のギャップを感じ、動きにくいと思うこともあったという。
「江津の税金でやっているNPOだから江津でやりなさい、という人もいます。例えば東京に行くと、地元の年配の方にとっては『すごく遠いところ』という印象があるようですが、私なんかインターネットがあるから、東京は近いと感じるのです。そのギャップのせいか、信頼して一緒に仕事をしていた地元の方から、お前のやっていることが分からんと言われた時はショックでした。あー地元に伝わってないんだと分かったんです。でも、面白いことも沢山あるんですよ。例えばインキュベーションするとき、企画から実行までのスピードがもの凄く早い。それから、前職では営業をやっていたのですが、データをもとに戦略的に計画をたて、仕事をしていました。それに対して、NPOの事業では狙った方向に行かないことも多いです。一番うれしかったのは『何かするなら江津が良いよ』と大学生が発言していたこと」と話す。

大学は隣接する浜田市に1校、100km離れた松江市に1校あるのみ。NPO設立当初、江津市では「誰も大学生の存在を気にしていなかった」と言う。そこで、田中理恵さんは大学のカフェテリアに座って、大学生と会話を続けた。

その結果、1年経った今では150人を超えるネットワークが出来、インターンやボランティアとして、てごネットの事業を盛り上げている。過疎高齢化が進む中、これから多くの自治体で、NPO設立することで地域を守る動きがでてくるだろう。そんな地域に向けたアドバイスを聞いてみたところ、すぐに回答がかえってきた。

「地方でNPOなど活動をするときは、まず地域に住む人の声を聞くことです。そのためには、若い人たちだけでやらないことが大事。祖父母世代と一緒にやるべきです。逆に、祖父母世代は、若い人と組むべきです。そうしないと誰のために事業をやっているか、分からなくなってしまいます」

さらに、
「もうひとつ言えることは、自分たちの地域だけが地域づくりをやっているのではない、という感覚は支えになると思います。これから少子高齢化が進むので、もしかしたらうちの取り組みが他地域で役に立つかもしれない、という意識は励みになります。自分のやっていることは間違っていないと。身近なところでも、自分の住む地域でもてごねっとのような組織を立ち上げたいという声が聞こえてきます」

最後に、田舎に帰りたい若者へ向けてアドバイスをこう語る。
「帰ってくるために、何を身につけなければいけないかを考えましょう。そして地元の話を良くきいてみてください」(オルタナS特派員=小川珠奈)