「友達が南三陸に帰ってきたときに、どんな街になっていてほしいかということを考えました。ふと浮かんだのが、そこに住む人たちが魅力的な街であることだったのです」田端さんは静かに語る。そこで、語り部として、この街のことを多くの人に知ってもらおう、ということを思いついた。

こうして立ち上がった田畑さんは、現在、若者と、外国人に向けた英語での語り部を行なっている。その理由がユニークだ。

「活動を行なっていく中で、語り部で食べている人たちがいることを知りました。その人たちのお仕事を奪いたくはなく、私たち高校生だからこそできる語り部は何か、と考えた時に、若い人たちへと外国の方に向けた語り部がいいのではないか、と思いついたのです」と語る。語り部としての活動はもちろん、高校生として、また「まずもって」の代表として、日々を送る田畑さん。

海を背に話をする田畑さん

田畑さんは言葉を続ける。「わたしは、高校生として、被災者として、できることは何かなと探しながら、活動をはじめました。みなさんのまわりにも、できることがきっとあるはず。特に、若い人たちが立ち上がらないといけない。関東で、南海で地震が起きた時に立ち上がる人はいるのか。私の存在が、多くの人にとってのモデルケースになってくれれば嬉しい。行動はメッセージです」。

いま彼女の眼にうつるのは、津波により何もなくなった南三陸町。だがその見据える先は、希望で満ち溢れている。

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