岩手県奥州市(2006年に水沢市、江刺市、胆沢町などが合併して誕生)には、日本三大散居に数えられる胆沢平野がある。散居とは、広大な耕地の中に民家が点在していることを言い、同平野には美しい稲作農村風景が一面広がっている。しかし、近年、減反政策により、稲作農家は、お米を作りたくても作れない状況に置かれている。結果、転作田や休耕田が広がり、この美しい風景の維持が危惧されている。そのような状況を打開しようと、東京の発酵ベンチャーであるファーメンステーションが地域の人たちの想いを紡いで奮闘している。(オルタナS特派員=石本貴之)

日本三大散居に数えられる、胆沢平野の散居風景

■農家の手から生まれた夢

ファーメンステーションが奥州市で事業を始める前に話は遡る。旧胆沢町では、1996年に若手農家が中心となり、新たな農業のあり方を考える「新時代の胆沢型農業を考える会」が結成された。1999年に「胆沢町農業者アカデミー」に東北大学(当時)の両角和夫教授を迎えて、同会のメンバーたちが議論を深めていく中で、米からエタノールをつくる話が生まれた。

2004年には、農家の手で「新エネルギー研究会」が立ち上がり、2006年には、アメリカでミスター・エタノールと呼ばれていた方を招いて、同町で国際シンポジウムを開催。全国から250名を超える人たちが集まった。

こうした背景をもとに、2009年からは、合併後の奥州市の事業としてエタノール製造の実証実験を行うことになり、また時期を同じくして、総務省の緑の分権改革推進事業にも採択され、大きく取り組みが進み始めた。

このタイミングで、東京農業大学醸造科学科の研究生だった、ファーメンステーション代表の酒井さんが奥州市の現場で製造などに携わることになった。

酒井さんは、銀行を退職後、発酵の勉強をするために大学に通っていたところだった。しかし、奥州市の現場に入ったことで、地域の人たちの想いに共感して、2009年に株式会社ファーメンステーションを立ち上げた。

■お米から何でもつくる、地域循環プロジェクト

ファーメンステーションは、お米からエタノールをつくりだす発酵技術を持つ。この技術を活かして、市内の休耕田で飼料米をつくり、エネルギー利用のためのエタノール製造実証をしていたが、それでは採算性が全く合わないことが分かってきた。

この取り組みを持続可能にするための検討をしていく中で、同社の技術で発酵した際に出る蒸留残渣(米もろみ粕)は、飼料として活用できることや、また発酵したことでヒアルロン酸保持効果等があり、石けんの原材料に適していることが判明した。また、植物由来で国産のエタノールは、日本には非常に珍しく、化粧品等の原材料としての市場も見えてきた。
そこで、廃棄物ゼロで、お米から様々な商品を創りだして収益を生みだし、将来的にエネルギー利用にも繋げていく、地域循環プロジェクトを動かしていくことにした。

奥州のお米と麹を使用してつくった、無香料、無着色の石けん「奥州サボン」

その第1弾の商品が、今年の春から販売されている「奥州サボン」という石鹸だ。ユーザーからは、「しっとりしてつっぱらない」「もっちりする」と好評を博している。

また、今年の秋には、経済産業省からアルコールの製造販売許可が降りた。そこで、来年には、お米からつくったエタノールを利用した消臭スプレー「コメッシュ」も販売する。この商品は、「100%国産のエタノールで作られた商品がほしい」という消費者の声に応えて誕生したものだ。

国産の植物由来エタノールでつくられた消臭スプレー「コメッシュ」

■奥州モデルを全国に広げていく

ファーメンステーションがプロジェクトを加速させていく一方、それを後押しする動きが地域内で出てきている。米農家、畜産農家、商店主、市役所、大学等によって、「米im♪ My夢♪ Oshu♪(マイムマイム奥州)」というグループが結成された。

このグループでは、プロジェクトを奥州市内また岩手県内に普及させていくことや、東京・仙台などの都市部に応援団を作ることを目的としている。

米農家のおばちゃんがふるまう南部鉄器の炊きたてご飯を食す会や、原料田んぼ、同社の米もろみ粕を飼料にしている養鶏場の見学などを実施している。地域の人にも足を運んでもらい、協力者を増やしていくとともに、また外から人が来ることで、地域の人たちに刺激を与えることが狙いだ。

「米im♪ My夢♪ Oshu♪」のメンバー(左から2人目が酒井さん)

このような動きも出てきて、「このプロジェクトを奥州モデルとして、日本中の農村に広めていきたい。また、グループのメンバーと一緒に、私たちの売り場を持って、石けん、消臭スプレーなどのあらゆるお米から生まれた商品を並べたい。」と、酒井さんの夢は広がる。

これらの取り組みは、農業、商業、畜産など多岐にわたる人たちの手による、協働の地域循環プロジェクトである。まだ散居風景を維持するまでの広がりは生まれていないが、小スケールで自立可能なシステムとして、未来の農村地域のあり方を先取りしていると言える。今後の展開にも目が離せない。

ファーメンステーション:http://www.fermenstation.jp/