国内有数の研究室を飛び出し、超高齢化地域に活動の拠点を移した若者がいる。大学院で学んだ知識を、実際に現場で生かしたいと意気込む。都心から地方へと移り住んだ理由を聞いた。(オルタナS副編集長=池田 真隆)

津和野町で活動する松原さん

松原真倫さん(28)は、今年4月に高齢化率4割を超える人口8000人の島根県津和野町にやってきた。同町のまちづくりに取り組むFoundingBase(ファウンディングベース)を通して、津和野高校で高校魅力化事業のコーディネーターを務めている。

津和野に来た理由を、「大学・大学院で学んだことを実践したかったから」と話す。松原さんは、慶應義塾大学SFCを卒業後、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科で自治体の研究をしていた。学部時代から、経済や政治の専門書を読み漁り、政策系学会の学生政策コンペや大手シンクタンクの小論文コンテストでの受賞経験を持つ。また、SFCの学生の中で、学外活動で優秀な成績を収めた者に贈られる「SFC STUDENT AWARD」に2年連続で選ばれた。

津和野に来たときは、大学院で学び続けて5年が過ぎていた。通常なら、研究職のポストを終えて、残り一年で卒業を迎え、一般企業・自治体に就職または研究者として生きていくかどちらかだ。

松原さんは、もともと室内に閉じこもって論文の研究をするよりも、外に出て、人と交わりながら研究していきたいと思っていた。そして、最後の大学院での一年間をどう過ごすのか考えていた時期に、地域活性化に挑んでいたファウンディングベースに出会った。「このタイミングで環境を変えないと、一生東京にいるままだ」と、覚悟を決めた。

■高校の魅力アップ

こうして、大学院を休学して津和野町にやってきた。仕事は、ファウンディングベースが仲介してくれた。全校生徒数168人の津和野高校で、高校魅力化事業コーディネーターとして、キャリア教育となる総合学習の授業を担当したり、入学者を増やすために学校案内のパンフレットを作成している。

大学生を高校に呼び、進路相談会を開催したり、高校内に無料で通える英語専門の学習塾を設けた。塾には、ほぼ半数の生徒が通っている。

高校魅力化事業は、松原さんが来る前の2013年から始まっているが、今年の入学者数は例年と比べて20%上がったという。

塾で高校生たちに教える松原さん

■まちづくりの「一歩」とは

津和野では、「すべての出来事を町につなげて考えられるようになった」と話す。「東京では、仕事とプライベートの切り替えが求められた。しかし、ここでは、その境界線がない。誰かの何かの活動が町全体に影響していくことが実感しやすい」。

情報量や商業施設数は、東京とは比べ物にならない。デートで行く場所は、町にある大型スーパーマーケットや温泉施設くらいと笑う。どこに行っても知っている人がいるので、閉塞感はあるが、同時に、日々つながりの濃さも実感するという。

一番の学びは、「現場だからこそわかる小さな変化の重要性を感じ取れたこと」だ。学校では生徒の心境、生徒同士の関係が日々変化していく。日々の小さい変化のなかからトラブルに繋がりそうなものには先生たちが即座に反応し、大きなトラブルに発展する前に問題の芽を摘み取っていく様子を見て、感銘を受けたという。

「こうした小さな変化は、現場にいないとわからないもの。この小さな変化が集まって、大きな変化へとなる。これは、いくら本を読んでも気付かないこと」。

大学院にいたころは、中央省庁や政令指定都市が関わるような研究プロジェクトに関わり、莫大な予算で大きなプロジェクトが動いていく様子を見てきた。だが、ここでは違う。本には書かれていない「小さな変化」を知ることこそが、まちづくりの一歩だと気付いた。

松原 真倫:
1986年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了。学部、大学院では政治学の研究室に所属し、主に自治体研究に取り組む。2014年4月から島根県津和野町に赴任。津和野町が進める島根県立津和野高等学校の魅力化事業の一環で新設された、町営英語塾HAN-KOHの運営担当を務める。