就職活動で、「ソーシャルビジネス」を決め手に会社を選んだ若者がいる。企業の知名度や規模ではなく、社会問題の解決に挑みたいと門を叩いた。彼/彼女たちはなぜ社会問題に関心を持ったのか。期待と不安が混ざった社会起業家の卵たちの素顔を追う。

この特集では、社会起業家のプラットフォームを目指すボーダレス・ジャパン(東京・新宿)に就職した若者たちにインタビューしていく。同社は、「ソーシャルビジネスしかやらない会社」と宣言し、10の事業を展開。若手社員の育成にも力を入れており、早い時期から裁量権の大きなプロジェクトを経験させ、新規事業には最低3000万円の投資を行う。

インタビューでは、社会問題に関心を持ったきっかけや、入社後に経験したプロジェクトのこと、そしてプライベートな質問まで投げかけた。

第三弾は、新卒入社2年目の仲渡春菜さん。ボーダレス・ジャパンに入社後、バングラデシュの工場で本革製品を生産・販売する「Business Leather Factory(ビジネスレザーファクトリー、以下BLF)」社に配属された。今年3月には生産品の質向上のため日本人メンバー2人と共にバングラデシュに赴任した。

この事業はバングラデシュの貧困層に雇用を創出するため2014年1月に始まり、2年目には年商3億円に成長。現地工場で雇用するメンバーは400人を超えた。文字が読めなかったり、障がいを持っていたりしても、安定した収入を得られるよう正社員として雇用する。本革製品作りの技術指導も行い、誇りを持って働ける環境を整えている。

仲渡さんは小学校で社会問題に触れ、大学で開発学を専攻。座学だけでなく、学生団体で国際協力活動も行った。しかし、活動を続けるなかで、「この規模では本当に困っている人たちの状況は変えられない」と気付く。「継続性」と「規模」を求め、学生団体を辞めてビジネスに挑戦し始める。

社会起業家の卵は、入社して1年半の間にどんな成長を遂げたのか。ソーシャルビジネスで「継続性」と「規模」を追求するために、何を学んできたのか、話を聞いた。

―小学生のときに社会問題に関心持ったそうですが、何がきっかけだったのでしょうか。

仲渡:授業で「世界で最もはやく沈む島」と言われていたツバルを知ったことです。その時に国際協力とか貧困に興味を持ったんですよね。中学生の頃は青年海外協力隊に憧れ、大学は開発学を学べるところを選びました。「途上国」の姿を見るために国際協力の学生団体に、入学してすぐに入りました。

学生団体での活動の様子。写真右側が仲渡さん

学生団体での活動の様子。写真右側が仲渡さん

―何故、学生団体を選んだのでしょうか。

仲渡:顔の見える相手に「支援」という形で関わりたいと思ったからですね。高校生までの経験とイメージだけで「お金は汚いもの!」と決めつけていたんです。そこで、自分が企画から携わることができ、資金集め、そしてプロジェクトにも責任を持ちたいと思っていました。団体のメイン活動でもある、ミッション、「国際協力を通じて社会の影響を与える」を胸にチャリティイベントや講演会を開催して、活動や現状を知っていただき、またお預かりしたその資金で毎年1,000冊の本をネパールの子どもたちに直接届けていました。

大いに実りも、感動もある活動ですが、準備に1年かける中、本当に困っている人たちの生活を大きく変えるほどの影響力に限界も痛感しました。

本当に大好きなチームで、学生団体としても非常に影響力のある組織ではあり、その一員になれたことに誇りを持っておりましたが、スピードも結果も継続性も追求するために1年半で団体を卒業して、「継続して現地にインパクトを与えられる手段」としてビジネスを考え始めました。

―具体的には何をしましたか?

仲渡:現状をもっと知るためにアジアの国々のNPOやNGOを訪ねました。ビジネスをやってみるため、島根県の地域活性を手掛ける企業やITコンサルなどの会社でインターンも経験しましたね。インターネットの時代なので、IT業界は物凄い可能性があると思って。

「ローリスクで事業を始められるし、インターンでビジネスの構造を学べば自分でもできる!」なんて考えていました。

―ITとボーダレス・ジャパンは繋がりが薄く見えますが、なぜ就職先に選んだんですか?

仲渡:ボーダレスは社会問題を解決する事業しかやらないし、裁量の大きな仕事でビジネス経験を積める環境がある。マーケティングなどその道のプロも集まっている印象を受けました。そして何よりもこの会社のお金やノウハウ、仲間と共に「自分の事業ができる」という点に惹かれて入社を決めました。

私は学生時代からの経験を踏まえて、「世界中の誰もが生き甲斐と使命感を実感でき、ワクワクできる社会」を創りたいと考えています。だから、自力ではどうにもならない状況で困っている人を”まず”何とかしたい。

例えば私が今も支援しているネパールの女性団体メンバーは、身体が不自由で働くチャンスがなく、補助金すらもらえず家族から見放されていたり、子どもに教育を受けさせられなかったりします。

そういう状況の人にビジネスを通じて「機会提供」して、生き甲斐や使命を感じてほしいです。ボーダレスを知って「自分が成長してからこの社会問題に関わろう」という考えも変わりました。こんなにやりたいなら、先延ばしはやめよう、って。ちなみに、就活には積極的じゃなかったです。いわゆる「就活解禁日」はラオスにいました。(笑)

―入社後は、実際にどんな経験を積んできたんですか?

仲渡:最初にBLF社でお客様対応やバングラデシュ工場の生産管理を任されました。そのうちにECサイトの商品ページ作成を任され、販売スタッフとして店頭にも立ちましたね。3カ月経った頃、「品質向上プロジェクトでバングラデシュ工場赴任」の話をもらいました。

―入社3カ月でそんな話があったんですね。

仲渡:その時は治安面で不安があって延期になって、代わりに、ブランド認知のためBLF社として注力していた催事販売の全国展開プロジェクトを任されました。場所は広島空港、高松空港、羽田空港、成田空港、クリスマス期の新宿マルイメンズ館、バレンタイン期の小田急百貨店、東急ハンズ博多店の7カ所。売上目標を達成するため、ターゲットに合わせて商品ラインナップ、ディスプレイ方法、メンバーの配置などを全部決め、自分も店頭で販売しました。催事は最短で2週間、長いと4カ月あったので、担当になってからは福岡オフィスにほとんど戻っていないですね。

広島空港の催事で気に入っていただき、新宿マルイの催事にも来てくださる方がいたり、ECサイトでリピート購入してくれるお客様がいたりしたので、ブランドの認知が確実に広がっている手応えが得られて嬉しかったです。

催事販売の様子

催事販売の様子

―プロジェクトで苦労したことは何ですか?

仲渡:販売スタッフのマネジメントですね。催事の開催場所によってスタッフは入れ替わるし、会社をよく知らない人もいるし、年齢だって様々。

その度に会社や事業の意義、ビジョンをメンバーに伝え、皆のモチベーションに気を配りました。それまでは自分が力をつけることだけに執着していましたが、自分のことだけで悩んでいる場合じゃないと思うようになったんです。「失敗しながら学ぶ」スタンスになって、経験を積めば積むほど前進できることに気付きましたね。

結果として、成田空港では同施設の催事歴代トップの売上にすることができました。他の施設でも好評で、再出店のオファーも頂いています。

―1年目が終わる3月に、ついにバングラデシュに行くことができたんですね。

仲渡:はい。「やっと」、でしたね。(笑) 当時新卒2年目のメンバーと、中途入社2年目のメンバーと4カ月間、行ってきました。

―向こうでは何をしていたんですか?

仲渡:工場メンバーと一緒に生産品質を向上させてきました。製造、検品、梱包・出荷の3チームの中で私が特に見ていたのは検品チームです。当時、酷い商品だと、日本に出荷した物のうち30%も検品落ち(=店頭で販売できない商品)がありました。

検品基準の曖昧さが原因だったので、求められる品質基準を明確にして、メンバーに何度も共有して、誰もが同じように高品質を保てる仕組みを構築してきました。

私たちの工場は貧困層を雇用することが目的なので、革製品作りの経験者は少なく、入社時は大半が未経験です。それでも、お客様には最高品質の商品をお届けしたい。だから、何がだめで、どうしてそうなるのかを粘り強く一緒に考えて修正し続けました。

―言語や技術といったハードルがあるなかで、どうやってコミュニケーションを取っていったのですか。

仲渡:私には彼らのような製造の知識がなく、バングラデシュの公用語であるベンガル語も分かりません。それでも身振り手振りで「こんな商品をお客様に届けたい、そのためにこの仕組みをつくりたい、皆にこんな力をつけてほしい」と伝え続けました。

もちろん、ただ言うだけでは何の説得力もないので、バングラデシュの服を着てベンガル語も徐々に覚えて、一緒に手を動かしながら少しずつ信頼関係を築きました。

ラマダンの時期は一緒に断食もしたんです。一生懸命働くメンバーと同じ境遇に立たないのっておかしいじゃないですか。自然とやっていたことですが、「文化、宗教を重んじてくれてありがとう」って喜んでもらえました。本当に明るくて笑顔を忘れない、最高の仲間たちでしたね。

日本から一緒に行ったメンバーとは同じ家で暮らしていましたが、夜ご飯で顔を合わせるたびに工場の皆の恋愛事情とかのゴシップで盛り上がったのは、良い思い出です。(笑)

滞在中、工場のメンバーの結婚式に招待された時の1枚。仲渡さんは写真1番右。共に赴任した2人と共に、バングラデシュの伝統衣装を着て参加した

滞在中、工場のメンバーの結婚式に招待された時の1枚。仲渡さんは写真1番右。共に赴任した2人と共に、バングラデシュの伝統衣装を着て参加した

―特に印象に残っていることは何ですか?

仲渡:検品チームのリーダー、リモン君の言葉ですね。今までOKとして出荷していた物も、私に毎日「これはダメ」「直して」と大量につき返されて、最初は面白くなかったと思います。「これくらい良いんじゃない?」と抗議されることもありましたが、ある日、こんなことを伝えてくれました。

「今、こうやって毎日やっていること、クオリティを上げることは、僕自身のため、みんなのため、国のためなんだよね。最初は辛かったけど、向き合って、1つひとつクリアにすることで、自分たちが誇りをもって働くことがどれだけ大切かがわかったよ。皆にもそんな風に働いてもらいたい。だから僕が頑張らなきゃ」

さらに次の日から考え方も発言も大きく変わって、全く別人のようになったんです。彼の姿勢は周りに大きな影響を与えて、チーム全体がより積極的に、「良い製品」を目指すようになったんです。人はこんなにも変われるのかって驚きましたし、感動しました。

他にも、お母さん・姉妹の3人や夫婦で働いていたりするメンバーに出会って、家族で安心して働ける職場だと肌で感じられて嬉しかったですし、何より、顔の見えるこのメンバーと「一緒に事業を創っている」実感を持てました。

残念ながら7月のテロの影響で日本に戻ってきましたが、福岡からも皆をサポートできるよう、密にコミュニケーションを取っています。

(参考:バングラデシュの採用担当者によるブログ「『未来を描く』採用フィロソフィーからバングラデシュの現場から~」

写真右手前がリモン君

写真右手前がリモン君

―これだけ走り回っていると、24時間365日仕事のことを考えていそうですが、休みの日はどうしているんですか?

仲渡:ひと時も休まず仕事しているわけではないですよ。(笑) ただ、ぼーっと寝ているのが勿体なくて5時半くらいに起きています!溜まった家事を一気に片づけて、映画鑑賞に料理にと趣味に没頭します。

嬉しいことにどこに行っても友達が来てくれるので、友達ともよく会いますね。バングラデシュで会ってくれた友達もいました。イベントに出かけたり、ついこの前は鹿児島でリモートワークの体験ステイをしてみたりと、毎日楽しいです!

休日もアクティブに過ごしている

休日もアクティブに過ごしている

―ちょっと安心しました!仕事以外でもアクティブなのは変わらないですね。

仲渡:そうですね!

―入社して1年半が経ちましたが、これからは何をしていきたいですか?

仲渡:バングラデシュの皆をサポートしつつ、より多くの人が工場で働けるよう、BLF社として更に売上を伸ばします。メンバーは本当に良い製品をつくるので、純粋にそれを広めたい気持ちも強いですね。

その先で更に多くの人に、特に今まで出会った顔の見える相手に「機会提供」するため、自分でも事業を立ち上げたいです。ビジネスの形としてはマイクロファイナンスを通じて様々な状況の人に働く場をつくったり、マーケティングなどの側面から現地の事業をサポートしたり、色々考えています。

教育事業もありますね。いわゆる「勉強」だけではなく、教育を受けた先できちんと職を得られるような環境を、海外でも日本でも創りたいです。目の前の仕事はもちろん大切ですが、早くこんなプランを実現できるよう、アイデア出しとビジネスモデルのブラッシュアップを重ねていきます。来年には事業をスタートするくらいの気持ちでいます。早くしないと、「今」困っている人たちはもっと厳しい状況に陥っていきますから。

―ありがとうございました。

次回は、新卒入社3年目、BORDERLESS FARM社長の田崎沙綾香にインタビュー予定です。「農業ビジネスで社会を変える!」とボーダレスに新卒入社後、4ヶ月でミャンマーに渡った田崎は入社3年目の今年、公私ともに大きな転機を迎えました。社長としてこれから何を実現するのか、その先のビジョンは何か。1年目に味わった「挫折体験」や、これまでミャンマーで見てきた景色とともにお伝えします。

聞き手:株式会社ボーダレス・ジャパン 採用担当 / 石川えりか新卒では教育×ITのベンチャー企業に入社。営業→人事を経て、入社4年目の春、ボーダレス・ジャパンに転職した。1人でも多くの社会起業家を輩出するため、そして生き生きと働く社会人を増やすため、様々な会社を見てきたフラットな目線でボーダレス・ジャパンを伝える。3度の飯より、ボーダレスとスワローズとロック。ひたすら追いかけて日本中を走り回る変人。結婚3年目、もちろん家庭が一番大切です。時間じゃない、気持ちだ!

【ボーダレス・ジャパンの社員紹介記事一覧】
「起業したい」だけだった僕が児童労働根絶に奔走する理由(中村 将人)
「有機農業で脱・貧困」 社会変革の旗手、ミャンマーへ(田崎 沙綾香)
アジアに広がる「戦争なくす」シェアハウス 新卒4年目が展開(青山 明弘)
就職先は「ソーシャルビジネス」 社会起業家を志す理由(松浦 由佳)

◆「社会問題解決を仕事に」
ボーダレス・ジャパンでは、社会問題を仕事として解決していきたい、本当に社会を変えるビジネスをつくりたい人を新卒・中途ともに通年採用中。
あなたがビジネスの実力をつけ、入社後即~入社2年後の間に自分で事業を立ち上げられる環境を用意しています。
ソーシャルビジネスに共感する志を持った仲間、独自のノウハウ、事業展開に必要な資金が集まったこの場所で、「この問題をなんとしても解決したい」という強い思いを成し遂げませんか?
ボーダレス・ジャパン採用ページ

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