「2030年の日本は、自立が求められる社会へ」――こう言い切るのは、野村総合研究所(NRI)の谷川史郎理事長だ。谷川さんは同社が次世代育成の施策の一つとして実施している「NRI学生小論文コンテスト」の審査委員長でもある。今回はそのコンテストの募集テーマにも関連する、15年後、今の若者が社会の中核になって活躍している2030年代の日本社会について、未来を予測してもらった。(聞き手・オルタナ副編集長=吉田 広子、オルタナS副編集長=池田 真隆)

2030年の日本社会を予測する谷川理事長

2030年の日本社会を予測する谷川理事長

――谷川さんは、2030年のキーワードに「自立化」を挙げています。どのような社会に変化するのでしょうか。

谷川:日本は、1960年代からインフラの整備を行ってきました。インフラを作るためには、労働力が必要なので、多くの人を雇用しました。その流れで、集団の一部として働くことが、日本の主流でした。

しかし、今は、インフラを「どう使うのか」にシフトしています。そのことに、若い世代は気付いてきて、「集団」の力から「個」の力に価値が移ってきました。「個」が重要になってくるので、自然と多様性が出てきて、多様であることが、豊かだと感じる時代になってくるでしょう。

多様な社会は、どこか一箇所が壊れても全体に波及しないという強みを持っています。これまで一極集中してきたリスクは、その脆さにありました。

――インターネット技術が発達し、「個」がそれを使いこなすようになりましたが、2030年代の情報の流れはどうなっていくとお考えでしょうか。

谷川: 大きな流れを考えると、1800年代に蒸気機関車が作られて、機械化が進みました。そして、1870年代から電力が出てきて、電灯が一般家庭に普及しました。こうして考えてみると、電化の時代は100年ほど掛かったことが分かります。

インターネットの歴史は、1969年の米国の国防総省が行った(軍事用)研究から始まります。電化が普及するまでに100年掛かったので、インターネットも同じように考えると、まだ折り返し地点にも入っていません。
今は、個人にインターネットが届き、人口普及率は8割を超えています。電化時代の最後の50年は、変化が激しかったように、2030年ごろに迎える折り返しの50年はすごく大きな変化が起きるでしょう。

今起きている100年の変化を何と呼ぶのかと言うと、いろいろな呼び方がされておりますが、一つは、前半を「自動化」とすると、後半は「自立化」とでも言えるのではないでしょうか。

これからは、インターネットでお互いの知識が結合し、大きな動きになっていくと思います。ただ、これは良いことなのか分かりません。

2030年の日本は「自立が求められる社会」―野村総合研究所 谷川理事長,

――インターネットで進歩する部分もあると思うのですが、谷川さんは技術が進歩する中でも、守るべきものは何だとお考えでしょうか。

谷川:ITは道具だから、使いこなすのは自分です。機械に使われてしまったらつまらない。個人が磨かないといけない能力は、自分の頭で考えること。そのことは、ある種の感性とも言えます。

SNSやインターネットで情報を得る人に言いたいのですが、自分で考える時間を増やすために、情報を得て咀嚼しているのであればとても便利ですが、自分で考えるのをやめて答えを探しているのなら、あまり意味のないことではないかなと思います。

それに、自分と波長の合う人たちだけで、コミュニケーションを取っている世界というのは変な世界じゃないでしょうか。もともと社会は、不安定です。多様であるとは、不安定ということですね。

統計もないのですが、最近は感動することが減っていると思います。何かの記念日やイベントで集まって、みんなで盛り上がって感動しようとしていますが、実は、世の中は面白いことだらけ。日常生活に、どうして何も感じなくなってしまったのか。

ここ数十年のインターネットの技術開発は、目から入る情報と、耳から入る情報に関してはすさまじい勢いで進歩しています。しかし、匂いや触覚に関しては進んでいません。つまり、五感のバランスが悪くなっているのです。

人間は、匂いがなくなると本能的なところで不安定になる生き物です。腐っているのか判断するのは、目でなく匂いからです。

匂いは記憶を一瞬で思い出す能力があり、音や写真よりもインパクトを与えます。日本には、昔は醤油の匂いに代表されるように、独特の香りがありました。技術の進歩によって、日本社会から匂いが消えていきましたが、今後、その重要性を思い出し、振り子が戻ってくるかもしれません。

――谷川さんは、「NRI学生小論文コンテスト」の審査委員長をやっていらっしゃいますね。今年のテーマは、『2030年に向けて「守るもの」「壊すもの」「創るもの」』です。小論文を書く学生には何を期待していますか。

谷川:考えをまとめる絶好の機会として、挑戦してほしいです。これまでの受賞者を見ると、一小論文コンテストに応募した経験だけではなく、その学生にとって、生き方を考える契機になっていると思っています。何かのきっかけをつかみたい学生の応募を待っています。

■谷川史郎(たにかわ・しろう)
1956年11月生。早稲田大学理工学部卒。1980年野村総合研究所入社。2006年には、常務執行役員・コンサルティング事業本部長に就任。2010年に取締役となり、2014年6月、理事長に。著書に、『日本人の「稼ぐ力」を最大化せよ』(東洋経済新報社)などがある。

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