学生時代にフィリピンの国際協力系NPOでインターンを経験するなど、アジア8カ国を周遊した藤森由莉沙さん(27)。異国の地では主に貧困支援のボランティアに精を出しました。今は、人材領域で社会課題の解決に取り組むソーシャルベンチャーのリジョブ(東京・池袋)で外国籍労働者と介護業界をつなげる事業にかかわっていますが、原体験はアジアで見た「貧困」と言います。「今日の仕事がないことの怖さを目の前で見てきました。彼らに雇用をつくるため、社会の仕組みから変えていきたい」と事業を構想中です。(オルタナS編集長=池田 真隆)
■「世界を見たい」と英語に没頭
ほかの世代と比べて社会課題に関心が高いとされるミレニアル世代。まさに藤森さんもその一人です。話を聞くと、生い立ちはユニークそのもの。出身は忍者のふるさとこと三重県の伊賀、米農家の祖父は野生の鹿やイノシシをさばく猟師でもありました。
大自然の中で命の尊さを実感しながら育った少女は、中学生の時に異文化への憧れを強く抱きます。「将来は世界中の人と話したい」と思い、英語の勉強に力を入れると大学ではより実践的な英語力を養うため、世界80カ国以上の学生と教授が在籍する立命館アジア太平洋大学に入学します。
大学のキャンパスは、求めていたグローバルな環境でもありましたが、その知的好奇心は「日本」では尽きることがありませんでした。もっと話せるようになりたいと思い、夏季休暇を利用して日本を飛び出し、フィリピン・セブ島に行き、ボランティアをしながら現地の人と交流を重ねました。
子どもの頃から抱いていた「海外の人と話したい」という夢を叶えた藤森さんですが、実はこの体験が社会問題に関心を持つ一歩になります。現地では子どもたちの教育支援などのボランティア活動をしましたが、「いい活動ではあったけれど、“自分が帰ったらこの子たちは元の日常に戻り、その生活自体は変わらない”と思うと虚しさも覚えました」と振り返ります。
■社会課題を「根本的に解決したい」
教育を受けられない背景には貧困があり、貧困の背景には職が手に入らない社会の負の構造がありました。現場を見たことで、「根本的に解決したい」と火が付いた藤森さんは、いてもたってもいられなくなり、大学に休学を申請します。
休学後の予定はまだ何も決まっていなかったのですが、とにかくまとまった時間が欲しいと考え、まず休学するという選択を取ったのです。その後、NPOなどを調べていくとフィリピンの子どもや女性の自立支援を行うNPO法人アクションを知ります。
アクションは貧困層の子どもたちや女性の自立支援を行う団体で、「生まれた環境に関わらずに世界中の子ども達が、自分の力で夢や可能性を広げることができる、優しい社会を創る」というビジョンに共感した藤森さんはさっそく連絡を入れます。面接を担当したスタッフに、すでに休学したことを伝えると、「ぜひ一緒に働こう」と二つ返事でもらいます。
フィリピンでは1年間、児童養護施設の子どもたちへの職業訓練事業や日本人学生向けのスタディーツアーの企画など「0を1」にする経験を積みます。
やりがいを持って、帰国した藤森さんですが、海外への好奇心は満たされるどころか、さらに強くなります。フィリピンだけではなく、「もっと多くの国で、社会課題の解決に関わってみたい」と思うと、また1年を掛けて、旅に出ます。
タイ、ラオス、ベトナム、カンボジア、ネパール、インドネシア、台湾――とアジア8カ国を周遊し、ボランティアをしながら現地の人と交流しました。
「海外を見た経験はいまの仕事にどう活きていますか」という質問に藤森さんはこう答えます。
「現地では明日の仕事、今日の仕事がないことで、子どもを学校に通わせられなかったり、十分なご飯を食べさせてあげられなかったりという家庭を目の当たりにしてきました。仕事がないことの怖さをまざまざと見せつけられて、それがどんなに怖いことなのかと肌で感じました」
「一方で先進国では職が選べる環境があります。生まれた環境次第で選択肢が限られてしまうという状況に課題意識を持ち、社会人になったらこの課題を解決したいという意志を持ちました」
■殻破れた「号泣面接」
その言葉通り、就職活動では「社会課題を根本的に変えていける企業かどうか」を軸に会社選びを行います。企業だけでなく、NGOも視野に入れて就活をした結果、リジョブに興味を持ちました。
現上司でもある人事責任者が、フィリピンでのインターン中に出会った人であったことにも運命を感じ、気合いを入れて面接に挑んだのですが、空回りの連続、「自分の言葉で話してみてください」という取り繕った自分を見透かされた一言に、張り詰めていた糸が途切れ、その場で号泣したといいます。
泣いている藤森さんに対して、「きついこともあるけど、1週間インターンしてみる?」という提案があり、インターン生として1週間働くと、その働きぶりが認められ見事内定につながりました。
■外国籍労働者がいると「施設が明るくなる」
いま、藤森さんが担当するのは、外国籍労働者と介護業界をマッチングさせる人材プロジェクト。アジアの国で見た「職がないことの不都合さ」に問題意識を持ち、取り組んでいます。
外国籍労働者が日本人の介護をするというと不安を抱きがちですが、「実態を見てみると、むしろポジティブな効果が多いことが分かりました」と藤森さん。
「外国籍労働者を雇用している施設の方にお話を聞いたのですが、外国籍の方がいることによって、新しい文化が入り、施設の雰囲気が良くなったり、教育係の人自身が気付きを得たりする、という話を聞きました。利用者の方にとっても、自分の知らない文化に触れることで新たなコミュニケーションが育まれ、笑顔が増えたといいます」
介護施設で働く外国籍労働者の方によるスピーチコンテストにも足を運び、リアルな声を集めました。そのコンテストで特に印象に残ったのは、インドネシアから来日し、岐阜県の施設で働く若い女性のスピーチでした。
藤森さんは、その女性は「こう語っていました」と言うと、当時聞いたスピーチ内容を教えてくれました。
「仕事を始めた当初は方言が理解できず、利用者さんのお願いを受けることに精一杯で、疲れから笑顔がなくなり、辞めたいと思うこともありました。けれど、ある日の出来事から、考え方が変わったんです。誕生日に、ご家族の訪問を楽しみにお洒落をして待ちわびていた利用者さん。夕食の時間が過ぎてもご家族は来ませんでした。悲しみに涙を流すその姿から利用者さんの孤独を知り、寄り添うことで『本当にありがとう』とお礼を言われました。この経験から、心を込めて仕事をすることで利用者さんの支えになりたいと思うようになったんです」
「この女性のスピーチを聴いていて、私も自然と涙が流れました。この方が利用者さんの支えになるならば、私たちはこの方の支えになりたい、そう思ったのです」(藤森さん)
■ミスマッチが起きる背景に情報不足
これまでの調査から、外国籍労働者の方も日本の介護施設に十分マッチングできると手応えを感じました。が、同時に課題も見えてきたといいます。それが、情報不足によるミスマッチです。
「求職者はこれまで、職場や給与、休日などの限られた情報だけで施設を選ばざるを得ない状況でした。施設がどのような思いで運営しているのかが分からないと、良いマッチングは起きません。逆に外国籍の方の方も、わずかな情報しか開示されず、しかもその経歴の信ぴょう性は誰も保証ができない、そういったケースもあります。お互いにより納得のいくマッチング実現のために、まずは、双方が正しい情報を開示することが必要だと考えています」
新型コロナウイルスによりサービスのローンチ時期は調整中ですが、これらの課題を解決する形で、良いマッチングを生むプラットフォームになるべく構想しています。仕組みとしては、「特定技能」を活用したいと言います。
特定技能とは、2019年に施行された新しい在留資格です。技能実習制度と違って、転職が認められています。「就職して違和感を覚えた人はほかの施設に移れるので、正当なマッチングが期待できます」(藤森さん)。
「特定技能を使って人材採用をしたいと考える施設にとって、相談の窓口にもなりたい。外国籍の方と施設をつなぐハブになりたいと思っています」
■同僚は「同志」、社会課題に「向き合えること」が働きがい
藤森さんは介護の求人事業以外にも、リジョブのCSV事業を牽引しています。その一つが、「つぼみプロジェクト」。これは埼玉県鴻巣市の田んぼで行う米づくりの取り組みです。県内の子どもに呼び掛けて田植えや稲刈りを行っていますが、藤森さんは「お米隊長」としてこの活動を引っ張っています。
「日本が今まで大事にしてきたお米づくりを通して、老若男女問わず集まり、温かいコミュニティをつくりたいと考えています。作ったお米をこども食堂に寄付する取り組みも実施しています」
また、同社の事業やプロジェクトとSDGsの目標を紐づけた「リジョブ式SDGsマップ」を取りまとめた責任者でもあります。大学時代には、「環境と開発学」を専攻しており、師事した教授がオブザーバーとしてSDGsの策定にかかわっていました。「なぜリジョブが社会的な事業を行うのか。可視化させることで、社内に共通認識を持ち、外の方にも伝えやすくなりました」と手応えを話します。
働きがいとしては、「目の前の業界課題や社会課題にシンプルに向き合えること」と語ります。同僚にも刺激を受けており、「利他で物事を考えるメンバーが多くて、どんな社会になればいいのかを常に考えて動いています。たとえ会社を離れたとしても、リジョブの仲間は人生の同志です」と表現します。
■リジョブでは新卒・中途採用を受け付けています。詳しくはこちら