ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス氏は、ソーシャルビジネスで盲目的に利益を追求する経済システムから脱却することを構想する。2024年開催のパリオリンピックのテーマを「ソーシャルビジネス」にすることや銀行の改革に挑む。新電力会社のみんな電力・大石英司社長が構想を聞いた。(寄稿・平井 有太=ENECT編集長)

オンラインでの対談を行ったユヌス氏(右)とみんな電力の大石社長

「私たちは現在フランスとのコラボレーションで、2024年開催のパリオリンピック全体のテーマを『ソーシャルビジネス』として構築中です。これは世界に、巨大なインパクトを与えるでしょう。事業規模7億ユーロの、壮大なプロジェクトです。今、利益の最大化は求めないけれども社会の問題解決には寄与する、『コモン=公』のビジネスが求められています」

「だからこそ、ソーシャルビジネスに特化し、いくつも公共のビジネスを進める『グラミン』に関心が寄せられ、高く評価されました。私たちは世界の各大学で、『ユヌス・ソーシャルビジネス・センター』の設立をすすめています」

「ソーシャルビジネスについて研究しているセンターは、すでに日本にもいくつかあります。若者たちはそこでソーシャルビジネスについて知り、語らい、古いかたちのビジネスの方向には歩まない、新しい道について学ぶことができます。新しい社会システムの構築は、古いままの考えでは不可能です。古い考えは、私たちを新しい社会に導いてはくれません」

「村(gram)」という言葉に由来するユヌス氏が牽引するグラミンファミリーは、銀行を主体としてインフラ、通信、エネルギーなどでソーシャルビジネスを展開している。ただ、「ソーシャル」という言葉は崩壊した旧ソ連や中国、キューバの社会主義も想起させないだろうか。

「『ソーシャル』とは、ある一つのビジネスのかたちについて語っています。これが『ソーショナリズム(社会主義)』となると、国がシステムを主導する立場となります。ソーシャルビジネスに国の介入はなく、もっと『私たちがどうビジネスを実践するか』という話です」

「ソーシャルビジネスは独立しながら成立し、目的は人を助けることにあります。それは個人や企業の営利目的では存在しない、利益を出さない、社会問題を解決することに貢献するビジネスです。もちろん、大きな利益を出す企業の経営と平行させながら、ソーシャルビジネスは成立します」

「フランスのダノン、日本のユニクロなど、世界のたくさんの大企業がそれぞれの主軸となる事業とは別に、ソーシャルビジネスをはじめています。今私たちが取り組んでいるのは、ソーシャルビジネス銀行です。銀行はこれまで自らの利益のため、とにかくその最大化を目的に取り組みを繰り返してきました。しかしそうではない、自分たちの利益を求めず、これまでの社会システムでは銀行に相手にされなかった層でも参加できる、新しい銀行のシステムを構築しています」

「あらゆる存在は起業家です。仮に対象が貧困層であっても、その自己実現支援のため、資金を提供できるようにします。ソーシャルビジネスは利益を求めることに目的がありません。だから、それがどんな方々であれ起業する手助けができれば、次なるステージへ行くことができます。この手法はあらゆる事業、領域で機能させられます」

ユヌス氏が目を輝かせて語るソーシャルビジネスの可能性に、聞きながら引き込まれる。しかし世界を突き動かす現行の経済システムは強固で、そこからの脱却/移行は本当にできるのか。

「システムからの脱却は可能です。私はその実現のための提案を続けています。実際に人々はその転換を希望しており、ソーシャルビジネスは絶好の機会を与えてくれるでしょう」

「資本主義の世界においてビジネスの目的は一つです。お金を稼ぎ、利益を最大化することしかありません。自己中心的なビジネスは常に、利益の最大化を追求します。それが『公』のビジネスにおいては、利益はなくてよいのです。最大化された利益を求めるビジネスと、利益は出さないけれども人々の問題を解決するビジネスの融合は可能です」

「解決すべき問題とは再生可能エネルギー、富の集中、貧困層のための金融、そしてヘルスケアなど多岐に及びます。自己中心的なビジネスは、これらの問題に関心を持ちません。利益の最大化は求めないけれども社会の問題解決には寄与する、『公』のビジネスが求められています。今やソーシャルビジネスのネットワークは、世界に広がっているのです」