「過去は変えることができないが未来は変えることができる」「様々な生き方を知ってもらうことで同じ経験をされた方の人生の希望になればと思っています」――先日、こんな紹介文で始まるインタビューメディアを見つけました。(オルタナS編集長=池田 真隆)

20~30代の若者がこれまでの人生について語っているのですが、起業家を目指すある女性はインタビューでこう述べています。

「小学生の頃から家に帰ると一人きりでした。母が帰って来る目的は、日頃のストレスを発散すること。私はただ謝り続け、暴力行為が終わるのを耐えるしかありません。頼れる人もおらず、心を許して相談できないことが一番辛かったです」

「高校3年生の11月まで、弁護士になりたくて受験勉強をしていました。そのきっかけは、高校1年生で経験した母の暴力による強制保護です。しかし、未成年が自分の選択肢を広げるためには、弁護士になるよりも早く行動に移せるものがあるのではないかと考え、その末にたどり着いた目標が今の起業の形でした」

世の中にはいろいろなメディアがありますが、このメディアには、親から虐待を受けて育った若者の「告白」と強く生きようとする「信念」に光を当てていました。

どんな会社が運営しているのか気になり、調べてみると、「RASHISA」という名前の東京にあるベンチャー企業でした。2017年にできたばかりの会社で社長は25歳。どんな事業をしているのか聞いてみると、こう返事をもらいました。

「ビジネスの力で虐待問題を解決するベンチャー企業です」

” open=”no” style=”default” icon=”plus” anchor=”” class=””]RASHISAを立ち上げたのは広島県出身の岡本翔さん。九州にある大学に通っていた岡本さんが3年生の時に学生起業した会社です。実は、岡本さんも虐待を受けて育った若者の一人です。5人兄弟の長男として生まれた岡本さんは自身の生い立ちについて明かしてくれました。

RASHISAを立ち上げた岡本さん、社名の由来は、誰もが自分らしく生きられる世の中にしたいという思いから

「子どもの頃は親族から、家の電気をつけるな、テストで95点以下を取ったら出ていけなど厳しいルールを課せられて育ちました」

虐待を受けてきたからこそ、この問題をどうにかしたいという思いが強く、その結果、学生起業という道を選んだそうです。「虐待問題に取り組むためには、何よりも社会的信用がないと話にならないし、資金も必要だと思ったんです。そこで、起業家になって成功することが最短距離だと考えました」

起業した当初は、「虐待問題の解決」とは掲げずに、とにかく「稼ぐこと、自分の得意なこと、好きなこと」を優先していました。行っていた事業は、九州地方の学生と東京のベンチャー企業をつなげる就職マッチングサービス。当時は今のような虐待問題という明確な目標があった訳ではなく、大学生に機会を届けようという思いでやっていたそうです。

その後、大学を中退して教育系のサービスを立ち上げるべく上京。しかし、現実はそう甘くはありません。事業はうまくいかず、一時は、会社をたたんで就職活動を始めました。

しかし、もう一度挑戦すると決めて、アルバイトなどをしつつ、就活サービスを開発。2019年に就活生とキャリアアドバイザーのマッチングサービスをリリースしました。売上も立ち始めて事業としては順調だったのですが、ある先輩経営者からこう言われました。「岡本くんは、本当は何がやりたいの」。

その問いかけが、いつか取り組みたいと思っていた「虐待問題」へのスイッチとなりました。「心から取り組みたいと思えるのは、虐待問題しかありませんでした。本来は起業家として成功してから取り組もうと思っていましたが、いまから挑戦してみようと思えました」。

そこから元々やっていた事業を他者に事業譲渡。そして、考えたのが虐待を受けた人と企業のマッチングサービスです。心意気を前面に出して挑んだサービスですが、悲しいことに商談は失敗の連続に終わります。

「経歴がないことで、企業のニーズに合わないということはまだ理解できますが、『(虐待を受けて育ってきた人は)働けない』という偏見を持っている企業もあり、悔しかったです」

何とか案件を受注できないかと営業を続けていると、ある人から「ライティングスキルを持った人はいないか」と相談を受けます。ライティングの仕事を数件受けたのですが、単価が低く、「自社で案件を一式請け負った方が、収益率が高い」と考えます。

その後、コンテンツマーケティング事業などに取り組み、最終的に、虐待サバイバーが稼げる領域と理由から、いま行っている主力事業の一つである「文字おこし代行サービス」は生まれました。虐待やネグレクトを受けたことによる後遺症で対人恐怖症などを持ってしまい正社員として社会進出できない人向けの教育事業として展開しています。

写真:吉野 かぁこ

今年の3月から登録制でライティングや文字おこしができる人を募集したところ、約90人が集まりました。岡本さんは彼らのことを「ワーカーさん」と呼びます。

「ワーカーさんのうち3割が虐待を受けた、または、受けたことがあるかもしれない人です。そして、残りの人たちがライティングスキルなどを持つライターさんやディレクターさん、文字起こしさんです。仕事の発注は納品物の質を保つため、ワーカーさんとディレクターさんらを集めたチームに依頼します。ディレクターさんのなかには複雑な家庭環境で育ってきた人もいます」

徐々に依頼主も増えて、「数万円だった月の売上高が今では数十万円に成長しました」と話します。在宅でできる別の仕事も請け負って、虐待サバイバーの収入と社会との接続をつくっていきたいと言います。

事業は順調に成長していますが、岡本さんが成し遂げたいことはその先にあります。

「将来的にはビジネスで虐待が起こらない社会にしたいと思っています。虐待をする人の6割が母親です。手を出してしまう原因には、母親が抱える孤独や貧困、夫からのDVなどがあります。虐待をしてしまう人を 悪と捉えるのではなく、社会側に問題があると捉え、その課題を解決していきたいと思っています」

毎日、遅くまで働く仕事漬けの日々を過ごしていますが、苦しさは感じることはなくなったそうです。どうしてですかと聞くと、「ぼくの原体験に自分自身が虐待を受けたことよりも、弟や妹が暴力を振るわれた光景が脳裏に焼き付いています。原体験でもあり、原動力にもなっています」と述べ、「一刻も早く虐待が起きない社会をつくりたいです」と前を向きます。

RASHISA