子どもが長期入院した時、病院から「戦力」として期待され、24時間つきっきりで我が子の看病をするお母さんたち。自分の生活は後回しで、次第に笑顔を失い、体調を崩すお母さんもいるといいます。さらに昨年からの新型コロナウイルスの流行によって、付き添い者の負担はより大きいものに。「付き添うママに笑顔を届けたい」。自らの体験から、そして生後11ヶ月で亡くなった娘が与えてくれた役目を果たしたい、と一人の女性が仲間たちと活動を始めました(JAMMIN=山本 めぐみ)
子どもの付き添い入院、緊張状態の中で生活するお母さんたち
NPO法人「キープ・ママ・スマイリング」は、小児がんをはじめ、さまざまな病気で入院している子どもに付き添うお母さんと家族を支援する団体です。
団体を立ち上げた光原(みつはら)ゆきさん(47)は、先天性の病気を持って生まれた二人の娘をきっかけに、入院に付き添うお母さんたちの過酷な現実を知りました。
「私自身、長女と次女の付き添いで6つの大病院を転々としました。多くの小児病棟では24時間の付き添い、つまり泊まり込みが可能です。病院にもよりますが、お母さんたちは子どもの入院中『戦力』として期待されているところがあり、中には病院側から『子どもが入院するには付き添うことが前提』と最初に付き添いを要求されるケースもあります」
「子どものおむつを変える、ミルクを温めて飲ませる、沐浴させる…。子どもの身の回りの世話をはじめ多くのケアを任され、自分の時間が取れずに厳しい環境で生活をしているお母さんが少なくありません。食事を食べそびれることは日常茶飯事ですし、シャワーどころかトイレすらままなりません。夜は寝返りも打てないような硬くてせまい簡易ベッドで、看護師さんの巡回のたびに目を覚ますような、ずっと緊張しっ放しの状態で生活するお母さんたちがいるのです」
中でも光原さん自身、特につらかったというのが「食」の問題。
「子どもが寝た隙にコンビニへ走って慌てて何か食べるような生活が続くと、栄養が偏って体にもよくありません。私も半年間の入院中に熱を出して倒れ、付き添いができなくなったことがありました」
「今はコンビニ食もバラエティ豊かですが、毎食コンビニとなるとまた話は変わってきます。付き添っている間、何度も『温かいものが食べたい』『新鮮な野菜や刺身が食べたい』と思ったし、もしあの時、温かい味噌汁とおにぎりがあればどれだけありがたく、嬉しかっただろうと思います」
経済的な負担から、食費を削るお母さんも
さらには経済的な負担を軽減するために、自分の食費を削るお母さんもいるといいます。
「つきっきりで看病するとなると、お母さんは働くことができません。経済的に困窮する家庭も少なくない中、毎食コンビニだと割高になってしまうため、一袋に5つ6つ入ったパンを毎朝一袋買って朝・昼・夜とそれだけを食べたり、毎食カップ麺を食べたりして経済的な負担を少しでも減らそうと頑張っているお母さんもいました」
「どんな事情を抱えていようと、入院中の子どもに付き添うお母さんに、おいしくて野菜たっぷりの料理と笑顔を届けたい」。そう思った光原さんは、親交のあったシェフ・米澤文雄(よねざわ・ふみお)さん(東京・青山「The Burn」料理長)の力を借り、2015年より入院中の子どもに付き添う家族が滞在する施設「ドナルド・マクドナルド・ハウスせたがや」にて温かい夕食の提供や、2018年からは聖路加国際病院小児病棟にて付き添いの家族に手作りのお弁当を配布する「ミールサポート」を開始しました。
さらに「手作りで届けられる範囲だけでなく、全国のお母さんに『食』で寄り添いたい」と、野菜たっぷりでおいしい料理のレトルト化を目指し、米澤シェフの監修の元、オリジナル缶詰「ミールdeスマイリング」を開発。全国の小児病棟で子どもに付き添うお母さんに届ける活動もスタートしました。
コロナにより付き添い者の負担が増加、「付き添い生活応援パック」の配布を開始
昨年からのコロナの流行により、多くの病院では院内感染の防止のために付き添い者の交代の制限、また外出時間・回数の制限をするようになり、付き添うお母さんたちの負担はさらに大きくなっていると光原さんは指摘します。
そこで緊急支援として、缶詰やレトルト食だけでなく、食事を簡単に温められる器やマスク、消毒液、お風呂に入れない時に体を拭ける大判のシートや下着、衣類なども一緒に詰め合わせた「付き添い生活応援パック」の配布をスタートしました。
「中に入れるものは、企業さんに声をかけて協力していただいていますが、ただノベルティグッズをお届けしているわけではありません。私自身の付き添い中の経験を生かし、本当に必要なもの、あると便利なものをセレクトしてお届けしています」
「食もそうですが、『食べられたら良い』のではなくおいしいものを、グッズも『もらったからどうぞ』ではなくもらった相手が嬉しくなるようなもの、自分ではちょっと高くて買わないような化粧水なども一緒にしてお送りしています。先が見えず、不安や孤独に押し潰されそうな付き添い生活の中で、『応援しているよ』『あなたは一人じゃないよ』ということを、言葉ではないかたちで伝えたい。それも私たちが目指す支援のひとつです」
実態を独自に調査、課題を見える化して今後に生かす活動も
「付き添い家族の負担をどう解決していくかということについては、実態を把握した上で、制度や支援のあり方を根本的に見直していく必要がある」と光原さん。というのも制度上、お母さんがつきっきりでやっている医療以外のケアについても、実は「看護料」として入院基本料の中に含まれているというのです。
「お母さんたちが24時間、付き添ってやっている子どもの身の回りの世話の費用も、きちんと入院基本料の中に組み込まれて病院に支払われています。つまり本来は看護師さんが対応しなければならないことなのです」
「この制度に正しくのっとり、『面会は夜10時まで』というかたちで付き添い者の泊まり込みを禁止している病院もあります。しかし実際のところ多くの小児病棟では人手が足りておらず、お母さんの手も借りながらなんとか回っているということが少なくありません。事実上、制度が破綻してしまっているのです」
これまでは暗黙の了解だったお母さんの付き添い。この状況に一度メスを入れ、付き添い入院するお母さんたちが置かれている状況や課題を明らかにする必要があると感じた光原さんは、団体として独自に調査も実施してきました。「調査結果を通じて付き添い家族の実態を幅広く知ってもらうのと同時に、状況の改善のための提言にも役立てていきたい」と話します。
「子どもたちはあなたを選んで生まれてきた」という言葉に救われて
光原さんが精力的に活動する背景には、1歳を迎える前にこの世を去った次女の死があるといいます。
「次女は、症状も良くなってもうすぐ退院できるという時に、まさに目の前で急変し突然亡くなりました。生後11ヶ月でした。本当につらくて、もし上の子がいなければ、次女の亡骸と一緒に私も燃やして欲しいと思いました。娘たち二人と一緒に旅行へ行ったり、買い物に出かけたり…、当たり前のように思い描いていた未来がある日突然に失われ、この先、果たして自分がどう生きていったら良いのかわからなくなりました」
「当時3歳だった長女はまだ死という概念がわからず、無邪気な彼女がいてくれたおかげで何とか生きられました。もし長女がいなかったら、何のために生きるのか、その意味や目的を見出せなかったと思います」
「すごくつらかったけれど、そんな時に『子どもたちはあなたを選んで生まれてきた』という言葉に救われました。証拠も何もないけれど、私はこの言葉で前を向くことができました。『私を選んで生まれてきてくれたなら、彼女たちの思いに応えないと』と思えたのです」
「次女は私のもとに来て、果たすべき役目を終えたからこそ11ヶ月という生涯を終えたのだと。そう思わないと立ち上がれませんでした。きっとやるべきことを私に託して天国へと帰って行った。彼女は私に新しい役目を与えてくれた。だから残りの人生、彼女が託してくれたことを実践していくことが私の生きる道だと思っています」
「活動を通じてお母さんたちが喜んでくれる時、次女も喜んでくれていると感じます。それは私にとって何よりの成果であり、また原動力でもあります。根拠はありませんが、振り返ってみると実は全て決まっていたことなのではないかとさえ思います。私は二人の娘にいろんなことに気づかせてもらい、育ててもらいました。私ができることをやりきって役目を終えた時、娘とまた天国で再会できると思っています」
「何が起きても成功の途中」、次女のサポートを感じながら歩む日々
大学卒業後、リクルートに入社し20年以上キャリアを築いてきた光原さん。子どもを産むまでは「出産後も復職してバリバリ働くと思っていた」といいます。しかし活動を始めてから「一人でも多くのお母さんを笑顔にしたい」と退職を決意しました。
「当初は仕事と二足のわらじで活動していましたが、なかなか時間がとれず、やりたいことを実現するのが難しいところがありました。しかしそんな時に活動が一気に前に進むような流れが来て、『とりあえず活動に専念しよう。もしダメだった時は、違う稼ぎ方も何とかなるだろう』と思いました。2018年に退職し、今はこの活動に専念しています」
「今は毎月のわずかな理事長報酬と貯金を切り崩しながらの生活ですが、それでも不思議と不安はありません。困ったりピンチになったりする度に不思議な出会いや縁があって、助けられてきました。次女がいつも見守って応援してくれていると感じます」
「事業が回らなくなってお母さんたちに必要なものを届けられなくなることは困るので、団体として持続可能なしくみを確立させたいと思っています。働いていた時代よりも今の方がずっと忙しい日々ですが、リクルート時代に培ったものでしょうか、『何が起きても成功の途中、勝ちの途中』という意識があって、『お母さんたちを笑顔にしたい』という軸がブレない限り、必ず良きように物事は進んでいくと信じています」
団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、NPO法人「キープ・ママ・スマイリング」と4/26(月)〜5/9(日)の2週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページ(https://jammin.co.jp)からチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が「キープ・ママ・スマイリング」へとチャリティーされ、入院中の我が子に付き添って看病する全国のお母さんへ、「付き添い生活応援パック」を届けるための資金として活用されます。
「付き添いの間、お母さんたちは不安を打ち明けたり、泣き言が言えたりする相手もおらず、ひとり孤独に耐えています。そんな時にお母さんのためを思い、お母さんのために作られたおいしい食料品や生活用品が届いたら、それはきっとどんな言葉よりも身近に『自分のことを応援してくれる人がいるんだ』ということが伝わり、お母さんを支える力になると思っています。ぜひ、チャリティーアイテムで応援いただけたら」(光原さん)
JAMMINがデザインしたコラボデザインには、たくさんのハートが詰まった巣が描かれています。ハートを外から集めて持ってくる動物もいれば、これから届けにいく動物も。一人ひとりの優しさを集めて届け、お母さんを笑顔にする「キープ・ママ・スマイリング」の活動を表現しました。
JAMMINの特集ページでは、光原さんのインタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!
・「入院中の子どもに付き添うお母さんに寄り添いたい」。亡くなった娘と共に、付き添う家族に笑顔を届け続ける〜NPO法人キープ・ママ・スマイリング
山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は350を超え、チャリティー総額は5,500万円を突破しました。