近代化やグローバル化によって、人々の暮らしは便利になりました。インドの最北部にある山脈に囲まれた地域・ラダック。今、グローバル経済の波がこの町にも及び、人々の暮らしに少しずつ変化が訪れています。「この地域に昔からあるコミュニティを守りたい」。日本とラダックを行き来しながら、故郷のために活動する一人の男性がいます。(JAMMIN=山本 めぐみ)

インド・ラダックの持続可能な未来のために活動

ラダックで最も有名な観光地・標高4200mにあるパンゴン湖へ向かう途中の山並み。チベットとの国境が近く、近くにはインド軍の駐留地がある

インド最北部、ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に囲まれた標高3000〜7000メートルの山岳地域・ラダック。1970年代に外部に開かれるまで、チベットの影響を強く受けた、自給自足の豊かな文化が育まれてきました。古くからシルクロードの要所として栄え、訪れる人たちと物々交換をしながら発展したこの地域は、真冬はマイナス2〜30度にもなるといいます。

「その厳しさから定住する人は限られたものの、何もない分、物々交換が発展してきた地域です。多くの人がチベット仏教を信仰しており、自然と共に平和に生きるという教えのもと、平和的な人が多いのも一つの特徴です」と話すのは、ラダックで生まれ育ったスカルマ・ギュルメットさん(55)。来日後、2004年にNPO法人「ジュレー・ラダック」を立ち上げました。

お話をお伺いしたスカルマさん

スタディツアーなどを開催し、日本とラダックの国際交流を活動の柱に、ラダックの人々の伝統的な暮らしを守りながら自然エネルギーの導入や農業支援を行い、持続可能な未来のために活動してきました。

昨年からの新型コロナウイルスの流行でインドはロックダウンし、現在ツアーなどはオンラインに切り替えて活動を続けています。

近代化やグローバル化の波に乗り、変わりつつある人々の暮らし

インド・ラダック農村部の伝統的な暮らし。「各家庭で、男性も女性も糸作りを行うのが古くからの伝統です。男性は太い糸、女性は細い糸を作ります。特に気温が-20〜30度になる冬の時期は外で活動することができないので、皆家に籠もって糸紡ぎをします」(スカルマさん)

夏場の観光業、あるいは農業を主な産業としているラダック。近年、グローバル化の影響で少しずつ町の景色が変わってきているとスカルマさんは話します。

「町の中心部には、観光客向けのカフェやホテルが立ち並ぶようになりました。かつては自分たちで食べるものを育て、身の回りのものを作る自給自足の暮らしをしていましたが、今はインドの他の地域から安い野菜や製品が大量に入ってきています。自分たちで作ったものを分け与え合って生きてきた人々の暮らしも変わってきました」

「農村では、ヒマラヤ山脈から引いた水で畑を耕し、牛や羊、ヤギやロバなどの家畜と共に暮らしてきました。牛はトラクターの代わりに畑を耕し、ロバは背中に肥料や種を乗せ、遠くの畑まで一緒に出かけます。乳はバター、飲むヨーグルトとしても活用し、糞やおしっこは肥料や燃料になります。さらに家畜が亡くなったあとは革からカーペットや靴を作り、厳しい冬に備えます。そうやって自然や動物と調和しながら、自給自足で生きる知恵と伝統が続いてきた地域なのです」

ラダックの人たちの生活にはチベット仏教が強く根付いている。写真はラダック最大の僧院「ヘミス寺」にて、毎年夏に行われるお祭り「ヘミス・ツェチュ」。毎年チベット文化圏から多くの巡礼者や観光客が集い賑わう

「すごく平和的な雰囲気にあふれた、本当に美しい場所ですが、今はインド政府が国の発展に力を入れているのもあり、その影響が少しずつ表れています。人と人のつながりやコミュニティ、物々交換で成り立ってきたあり方から、貨幣経済、現金を手に入れて生活を楽にしていくという意識が、現実的に入ってきています」

古くからの伝統と新しい技術や情報。過渡期の今、ラダックの人たちの中にも混乱があるとスカルマさん。

「『私たちが求める豊かさとは?』『自分たちの文化を守っていけるのか』…。ラダックの若者の中にも、そのような疑念や危機感を抱く人がいます」

支え合う伝統的なコミュニティにも変化が

自分たちで作った糸から、手織りでカーペットを作っているところ

ラダックの人たちは互いに支え合いながら、自給自足の穏やかに暮らしを続けてきました。

「支え合うのは、皆『人は一人では生きていけない』とわかっているから。『人に頼る』ということについて、現代社会ではどこかネガティブなイメージで捉えられるところありますよね。日本もそうだと思います。だけど伝統文化の中では、人は人に頼らざるを得ないんです」

「どれだけお金持ちになって裕福になったとしても、労働力としては他の人に頼らなくてはいけません。ラダックの人は皆、『頼れることや頼られることはありがたいこと』という意識を持っています。そうしてお互いに感謝を持ち、支え合う暮らしが続いてきたのです」

「大麦の脱穀をする農村のお母さんです。伝統的なラダックの生活スタイルであり、残していきたい風景の一つです」(スカルマさん)

「私は、これこそがラダックの大きな魅力だと思っています。しかし経済的な視点が入ってきたことで、この助け合い支え合う文化に疑問が生まれてきているのです。人々はどんどんお金に集中し執着するようになり、助け合うことではなく、個人として私利私欲を満たすことに意識が向いてきています」

「政府が今の方針を変えないことには、このまま近代化が進み、ラダックが変わるのは時間の問題でしょう。それは僕にとって、すごく悲しいことです。これがもっともっと進んでしまった時、ラダックの人たちの暮らしの源であったコミュニティ、人と人とのつながりが失われ、やがて人の心は孤立し、鬱や引きこもり、自殺などにつながっていくのではないかと危惧しています」

お金やマシンに頼り、本来の「人間らしさ」を失う。果たしてそれが「自立」なのか

牛とヤクの混血種の動物、「ゾ」。「ゾは主に農業で畑を耕し、人間と共存しています。写真は、大麦畑を耕しているところです」(スカルマさん)

国際NGOのスタッフとしてインド支援に10年ほど関わった後、結婚を機に来日したスカルマさん。「日本の都心部を訪れた時にまずショックだったのが、やはりコミュニティのことでした」と振り返ります。

「知らない人同士、すごく近い距離で電車に座っているのに、目を合わせることも会話をすることもない。たくさんの人が暮らしながら、皆互いに相手が誰だかわからない。自然とのつながりも分断され、人工的なものに囲まれて生きている。そんな中で孤立したり心のバランスを崩したりするのは、ある意味当然のことではないでしょうか」

変化が進むラダックの中心地・レーの町の様子。バザールを軍人やチベット僧、町の人々が行き交う

「そしてそこで発される『自立』という言葉は、『人間関係を断ち切る』ことです。『自立』のためにお金やマシンに頼り、人は人から離れ、コミュニケーションは奪われていく。そこに相手や自然を思いやる気持ち、自分自身の感覚や感情を信じる気持ちは置いてきぼりにされてしまうのです」

「お金やマシンに頼り、本来の人間らしさを失ってしまう。それは今、まさにラダックでも起きていることです」

ラダックの人たちの暮らしを守る「そばプロジェクト」

スカルマさんの好きなラダックの風景。「これは『チャダル』といって、ラダックの寒く厳しい冬の間、ザンスカール川が凍結してできる期間限定の氷の道です。冬のただ一つの観光地であり、この川の上を歩くアクティビティではとても美しい景色が見られます」(スカルマさん)

ラダックで連綿と続いてきた伝統的な暮らしを守るために、ジュレー・ラダックでは今、そばの実を育てるプロジェクトに力を入れています。

「山岳地帯の砂地でも育つそばは、下ラダック地方で昔から作られてきた作物ですが、手間暇がかかるわりに収穫できる量は多くなく、さまざまな発展の末に作られなくなりました。しかし今、このそばこそラダックにぴったりな作物ではないかと注目しています」

「というのは、そばはラダックのような砂地でも育つ上に、水をあげるのは年3〜4回で、温暖化の影響で水不足が深刻になりつつある中でも少ない水で育ちます。さらに、そばは他の作物よりも高い値段で取引されるため、ラダックの農家の人たちを経済面から支えることもできます。以前は標高の高い上ラダックは寒さのため作ることはできませんでしたが、温暖化の影響を逆手に取り、上ラダックでの栽培にも挑戦しています」

そばの実を育てるプロジェクトにて、農村のお母さんが育てたそばの種をチェックする、日本のそば会のスタッフ

そしてまた、そばはラダックの人たちの健康にも貢献できるとスカルマさんは話します。

「そばは栄養価が高く、高血圧や糖尿病のリスクを下げる働きがあります。グローバル化の波にのって伝統的な暮らしが失われつつある中、特に町で暮らすラダックの人たちの食生活も変化し、現代病と呼ばれるさまざまな病気が増えています。地元で採れたそばが流通すれば、ラダックの人たちの健康面を支えることができるようになるでしょう。今のラダックにとって、そばはまさに万能な作物なのです」

「やがて訪れるかもしれない緊急事態に備え、私たちの伝統ある暮らしや文化、景観、生き方を守るため、今のうちからそばを定着させるべく、栽培から販売、消費まで、その流通モデルを作るために活動しています。栽培を希望する農家さんへの育て方の指導だけでなく、そばを使ったレシピなどを広め、ラダックの人たちの健康に貢献しつつ、同時に農家さんの生活にも貢献できるツールになればと思っています」

「助け合い、支え合うコミュニティを守りたい」

「持続可能な生活の中で何の悩みもなく、よりよい未来に向かって育つ幸せな子どもたちに希望を感じています」(スカルマさん)

最後に、スカルマさんが生まれ育った故郷・ラダックで、最も守りたい物は何かを尋ねました。

「コミュニティです。皆で楽しく仕事をして食事をして、一緒に暮らす。誰かのためにならないと、ただお金があってもしょうがないんです。ロバを一頭持っている人がいたとしたら、その人は自分の生活だけでなく、皆の生活にも役立てます。その代わりにその人は、自分が持っていないものは他の人から助けてもらいます。自分が持っているものを自分だけのために使うのではなく、皆のため、誰かのため、そういう生活やコミュニティを、僕は守っていきたい」

「グローバル化の波に逆らうことはできないでしょう。ただ、変わりつつある中でも、新しいものとのバランスをとりながら、古き良きラダックを取り戻しつつ、今だからこそ引き継ぐことができるラダックの伝統を、新たに築いていきたいと思っています」

ラダックの暮らしを守るそばプロジェクトを応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、6/21(月)〜6/27(日)の1 週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円がジュレー・ラダックへとチャリティーされ、そばプロジェクトでそばの種を購入する資金として活用されます。

「JAMMIN×ジュレー・ラダック」6/21〜6/27の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はTシャツ(ベージュ、700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもスウェットやパーカー、トートバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインは、ラダックの豊かで広大な大地に立つ親子を中心に、自然や直感とつながり、その循環の中を生きるラダックの暮らしを表現しています。

JAMMINの特集ページでは、スカルマさんのインタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

近代化の波で消えゆく「つながり」を守りたい。インド・ラダックに根付いてきた「持続可能な暮らし」を発信〜NPO法人ジュレー・ラダック

山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は5,800万円を突破しました。

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