千葉県市川市、首都高速の湾岸線沿いに広がる「千葉県行徳鳥獣保護区」。
失われてしまった湿地を再生し、生き物が暮らせるようにと自然保護のためにと1975年に造成された56ヘクタールに及ぶ人工の自然保護区です。都市部で、人と共存する新たな自然のあり方とは。(JAMMIN=山本 めぐみ)

広大な保護区で、都市部の自然のあり方を探る

上空から見た行徳鳥獣保護区(2010年撮影)。北側に隣接するのは宮内庁新浜(しんはま)鴨場。南側には首都高湾岸線・JR京葉線が通り、周辺には住宅地・倉庫群が広がる

「千葉県行徳鳥獣保護区」は東京湾の奥、東京ディズニーランドから車で10分ほど走った場所にある、埋立地に作られた人工の自然保護区です。「広さは56ヘクタール、隣にある宮内庁管轄の新浜(しんはま)鴨場もあわせると83ヘクタールにもなります。周辺には住宅地や倉庫があります」と話すのは、この保護区を管理するNPO法人「行徳自然ほごくらぶ」の野長瀬雅樹(のながせ・まさき)さん(43)。

保護区があるのは、もともと水鳥が多く訪れることで知られていた場所。高度経済成長期、開発が進む中で干潟の埋め立てが進んだ時に「鳥たちのために」と自然保護運動が起きたことが、保護区が作られたきっかけでした。

何もない、ただの埋立地だったこの場所に一から人の手を入れ、現在はさまざまな生き物が暮らす、生物多様性に溢れる場所になっているといいます。

現在の保護区を代表する水鳥・カワウ。関東有数の生息・繁殖地となっている

「行政と協力し、近場の生活排水を汲み上げて池を作り、さらに生き物の力で水を浄化しながら水生生物を増やして水鳥が来られる湿地環境を作るところから活動がスタートしました。保護区ができて40年以上、今は最初に作った池だけでなく、後から増設した池も中心にさまざまな生き物が増え、草木が自然に育つようになりました。今では、この保護区に年間に100〜120種前後の鳥が訪れ、水生生物は調べただけでも140種類以上、魚類だけで80種近く確認されました。さらに植物で500種、昆虫も4〜500種類はいます」

保護区内には棚田もあり、田植えや米の収穫も行っているといいます。

「まさに生き物の住処であり、都会で暮らす人が自然と触れ合える場でもある」と野長瀬さんは話します。

生き物の住処であり、都会で暮らす人が自然と触れ合える場

保護区ができて最初に完成した水車1号機と記念撮影。どぶ川に養魚用の水車を回して生き物の復活を目指した、会の活動の原点。行政とのやりとりをはじめ何もかも手探りで進めていった

「保護区というと、その多くが極力人間の手が入っていない、昔からのありのままの自然であることがほとんどではないでしょうか」と話すのは、スタッフの佐藤祐子(さとう・ゆうこ)さん(52)。

「しかしここは本当に何もないゼロの状態の埋立地を、人の手をどんどん入れて自然を作ってきた場所です。この保護区の要である水源については主に生活排水を利用していますが、ここも人の手が加わっています。汚れた水でも適切な酸素さえあれば、生活排水が水中の微生物や小動物、植物の栄養源になり、食物連鎖を通じて水の浄化と水鳥の餌となる小魚や虫が育ちます。人工的に作った浅い池に生活排水を引いて日光や空気に当てて浄化し、湿地環境づくりに生かしています」

保護区の一画を限定開放して、干潟に生息するトビハゼやカニたちの姿を自由に観察できる一日、「トビハゼの日」

「観察会やボランティアイベントなどを開催し、市民が自然と触れ合うきっかけづくりや自然保護の啓発活動にも力を入れています」と話すのは同じくスタッフの鈴木陽子(すずき・ようこ)さん(38)。

「コロナウイルスの流行で昨年からは開催が厳しい状況にありますが、年間100回以上、観察会やボランティアイベントなどを実施してきました。ただ、この保護区は『人間ではなく、野鳥をはじめとするそのほかの生き物の暮らしを最優先にしよう』という場所でありたい」と話します。

「人の手が加わっているとはいえ、自然環境として整備されていて、人を第一優先にした場所ではありません。動物たちも多少は人馴れしているとはいえ、野生の生き物であることには変わりはないので、人が近づいたら怖がるし逃げもします」

お話をお伺いした、左から佐藤さん、鈴木さん、野長瀬さん

しかし一方で、普段は立ち入り禁止の保護区内に侵入したり、ゴミを投げ込んだりする人がいることに頭を悩ませているといいます。

「『何のための保護区なのか』ということを、今一度考えてみてもらえたらと思います。街中の開発が進むにつれ、鳥をはじめとする多くの生き物の住処や居場所がどんどん奪われてしまった。じゃあ、彼らはどこへ行けばいいのでしょうか。せめてこのような場所があることが、彼らの暮らしを支えています。その場所までも人間のエゴで奪うのは、果たしてどうなのでしょうか」

傷ついた野鳥の世話をする
野鳥救護施設の運営も

くちばしに釣り糸が絡まったユリカモメ。釣りゴミによる事故に遭った鳥は、翼や足の切断を余儀なくされたり、衰弱死につながったりすることもある

行徳自然ほごくらぶは、保護区の管理の傍ら野鳥救護施設も運営し、千葉県内で保護された野鳥を受け入れて必要な処置や世話も行っています。

「人間の生活が影響してケガをした鳥が運び込まれることが多いです。電車や車、電線、建物など人工的なものにぶつかって足や翼の骨が折れてしまった、衝突の影響で神経症状が出てしまったとなどというケースです。不時着して弱った渡り鳥、ネズミ捕りの粘着シートにひっかかってしまった鳥、違法飼育で押収された鳥などもいます」

野鳥救護施設に収容中の鳥たち。「ケガが落ち着いた鳥は他の個体と一緒にお世話をしています」(鈴木さん)

「野生でも生きていける状態にまで回復すれば環境省の標識足環をつけて放鳥しますが、年間200羽ぐらいの野鳥がここに運び込まれ、そのうち野に帰ることができるのは全体の3〜4割でしょうか。残りの6割のうちの半分は来た時点ですでに衰弱しており、1ヶ月ほどで亡くなります。もう半分は、元気に回復しても、片方の翼がなかったり失明したりして、野外で生きていくのが難しい鳥たちです」

「それでも本人は元気いっぱいで、14年ほどここで暮らしている鳥もいます。種類によっては動物園へ行ったり、千葉県の救護ボランティアなどに引き取られることもあります」

人の手を加えながら、
いかにして自然の世界を守るか

元気になったフクロウの放鳥。「大半の種類は保護区内で放しますが、夜行性の鳥は日が暮れてから、外洋性の海鳥は太平洋側まで連れて行くなど生態に合わせて放鳥しています」(鈴木さん)

最近は減ったものの、以前は鳥のヒナの持ち込みや相談が数多くあったといいます。

「巣からうっかり落ちてしまったとか、巣立ちしたけどうまく飛べないとか、その状況はさまざまなのですが、基本的には親鳥に戻す方向でお願いしています」と鈴木さん。

「早めの巣立ちの場合であれば、親鳥が近くにいて餌を運ぶなど面倒を見ます。巣落ちの場合であれば、ツバメなど巣がわかる場合はそこに戻してあげれば親鳥がちゃんと面倒をみます。負傷していたりするのでなければ、保護する必要がないケースが多いのです」

「ここは人間の知らない野生の世界で、そのルールがあります。何度も巣から落ちるヒナがいるとしたら、もしかしたら親鳥や周りのヒナから淘汰されてそうなっている可能性もあります。人間だけの感覚で『助けないと』と親鳥からヒナを引き離してしまった時、そのヒナからするとそれは『今後、野生で生きるための術を学ぶ道を断たれる』ということを意味しますし、親鳥からすると『突然目の前から我が子を連れ去られる』ことになるのです」

「自然の世界、野生の生き物の世界に敬意をはらい、任せることも大切です。その中で死んでしまうことがあったとして、厳しいですが、それが自然であり、野生の生き物が通る道でもあるのです」

都市部の自然のあり方、人の関わり方とは

泥干潟の上で暮らす魚「トビハゼ」。「トビハゼは皮膚呼吸も可能で、泳ぐのは苦手な魚です。保護区を含む東京湾奥部のトビハゼは国内北限の個体群です」(野長瀬さん)

都市部にある自然保護区で日々活動しながら、自然をどのように捉えているのか、また読者の方たちへのメッセージを、それぞれに伺いました。

「自然というのは人間のエゴが丸出しになる対象で、都会の中の自然は特につらいと感じます」と佐藤さん。

「人にとって都合が悪い時は『なくしてしまえ』、良い感じに距離感がある時は『気持ち良い場所だから残せ』…。ここで仕事をしているとそんなエゴがもろにバンバンぶつかってきて、自分の無力さを感じることも多いです」

保護区に20種ほどいるカニのうち、陸域で一番多く見かける「クロベンケイガニ」

「『自然を残す必要があるのか』いう意見もあれば『もっと自然公園として人間に使わせろ』という意見もあります。どう携わっていくのか、考えることさえ難しいこともあります。しかしその中で、都市部の自然を残すために、せめて私たちが声を出し続けることができたら、それで何かが変わるかどうかはわからないけれど、信念を持って行動をした先に、次世代にも引き継がれていく思いがあるのではないかと思っています」

「意識を向けると、都会にも実は意外と自然はあります。自然を前に立ち止まり、何かを感じてもらえるようなきっかけを作っていけたら」と野長瀬さん。

羽化するアブラゼミ。「街中の公園できっと皆さんも見つけられる、生命の神秘的な美しさです」(野長瀬さん)

「ただ今の時代、たとえば桜の木にも殺虫剤を撒いて毛虫が寄ってこないようにするけれど、桜の木には虫を求めてムクドリなどの鳥も寄ってきて、そこに生を育みます。

街中の花壇や公園も彩り豊かな花が目を楽しませてくれますが、一方で雑草はきれいに刈り込まれています。しかし草が残っていれば、バッタやカマキリがそこで暮らすことができます。自然を楽しむのなら、私たち人間だけでなく、自然を取り巻くいろんな生き物にも思いを馳せ、もう少しほったらかしの自然、みんなが一緒に暮らせる環境を楽しむ人が増えてくれたらいいなと思いますね」

「ここに来て鳥や生き物が見られなかった時に『全然生き物がいないのに、自然を残す意味があるの』と言われることがあります。でも、そうではありません」と鈴木さん。

「目に見えなかったとしても、私たちの知らないところで彼らは生活しています。『見えていない=存在しない』のではありません。たとえ姿は見えなくても、同じ場所で暮らしている生き物たちがいるんだということを、ちょっと意識したり感じたりしてもらえたら嬉しいです」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「行徳自然ほごくらぶ」と5/17(月)〜5/23(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページ(https://jammin.co.jp)からチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が「行徳自然ほごくらぶ」へとチャリティーされ、敷地内の設備を充実させるための資金、また野鳥救護施設で鳥たちに必要な治療や薬の代金、治療やリハビリの温度管理に必要な器具購入のための資金として活用されます。

「JAMMIN×行徳自然ほごくらぶ」5/17〜5/23の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はTシャツ(カラー:ダークグレー、価格は700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもスウェットやパーカー、トートバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、リラックスタイムを過ごすお気に入りのコーヒーカップの周りにフクロウ・スズガモ・ダイサギ・チュウシャクシギ・トビハゼ・アオスジアゲハ・スズメが描かれています。いずれも保護区にいる生き物で、自然を思いやる人の心、また人の暮らしに密接した自然の存在を表現しました。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

都会にある鳥獣保護区の管理と野鳥救護施設を運営、都市部ならではの「自然との共存」を発信〜NPO法人行徳自然ほごくらぶ

山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は350を超え、チャリティー総額は5,500万円を突破しました。

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