2019年度、5,736頭(ヒグマ711頭、ツキノワグマ5,025頭)の野生のクマが捕殺されました。その多くは、人を襲ったり危害を加えたりしたクマではありません。荒廃した森の中で食べるものを見つけられず、生きるために人家の近くにたどりついてしまったクマたち。「襲われるのではないか」「怖い」、人間のそんな誤った認識から、ただ人前に出てきてしまったというだけで捕らえられ、殺されてしまう命があることをご存知ですか。(JAMMIN=山本 めぐみ)
クマと共存できる、
持続可能な社会の実現を目指す
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そう話すのは、一般財団法人「日本熊森協会」会長の室谷悠子(むろたに・ゆうこ)さん(42)。
日本熊森協会は、次世代のためにクマなど大型の野生動物が棲むことができる豊かな森の再生に取り組む民間団体です。兵庫県本部以外に全国に24の支部があり、それぞれの地域で天然林の再生や啓発を行いながら、クマが人里に出た際の原因調査や対策、捕殺回避のための働きかけなどの実践活動を行っています。また、自然を守るために法律や制度の改正を求めるロビー活動にも力を入れています。
戦後失われた原生林の広さは東北6県ほどにも。
天然林の減少により、危機的状況にあるクマたち
奥山に生息するクマ。「歴史的にいうと、今私たちが暮らす平地にもともとクマが住んでいて、そこに人間が入っていく過程で、クマはどんどん山奥に追いやられていきました」と室谷さん。
「それでも昔は豊かな森がありましたが、明治以降、特に戦後の政府による拡大造林政策によって自然のバランスが崩れていきました。原生林が伐採され、スギ・ヒノキの人工林が増えたことはクマにとって致命的でした」
「なんとなく肉食のようなイメージを持つ方もいるかもしれませんが、クマは実際は9割ベジタリアンで、残りの1割程度は他の動物の死骸や昆虫などを食べる雑食の生き物。ブナ、ミズナラをはじめとする広葉樹がもたらす木の実や木の葉、花、山菜など季節ごとの山の恵みに食糧の多くを依存していて、それはつまりクマが『森そのもの』を象徴する存在であることを示しています」
「原生林のような豊かな生態系が揃っていなければ、クマは生きられない。しかし元来そこにあった自然の森が消え、実のならないスギやヒノキの人工林が増えたことによって、どんどん生息環境が奪われていきました。拡大造林政策によって全国で伐採された天然林の広さは、東北6県ほどにもなるといわれています」
「人里にクマが現れたというニュースが報道されますが、その現象だけ見るとクマが人の方に寄ってきたと見えるかもしれません。しかし実際は、クマは本来の生息地を私たち人間によって奪われてしまった被害者。『山から降りてきて、人を襲う悪い生き物』というイメージが浸透していますが、奥山でひっそりと生活していたのに、環境の変化や破壊によって生息環境を奪われ、人里に出てこざるを得なくなってしまったのがクマなのです」
クマが棲めない森は、
やがて人間にも悪影響をもたらす
自分には「関係ないと思われる方もいるかもしれないが、クマをはじめとする野生動物が棲めなくなった森は、やがて私たち人間にも大きな影響を及ぼす」と室谷さんは指摘します。
「人工林に植えられるスギ、ヒノキなどの針葉樹は根が浅く、特に放置されて荒れた状態になると保水力は著しく低下します。水が蓄えられない放置人工林は、日照りが続くと沢枯れや渇水を起こし、雨が降ると洪水や土砂災害を引き起こします」
「放置され荒廃した人工林は崩れやすく、次にいつどこで大きな災害が起きるかわかりません。放置された人工林を間伐したり自然の広葉樹林に戻していくことは、野生動物だけでなく我々人間の命と暮らしを守ることにもつながるのです。そういった視点から私たちの活動に賛同してくださる地元の方たちもいます」
「人工林を増やしすぎたことによって、自然のバランスを崩すと、それはいつか私たち人間に返ってくる。花粉症もその一つです。今も事態は刻一刻と静かに進行しており、それが目に見えるようになった時はすでに手遅れに近いでしょう」
「日本は国土を豊かな森に囲まれていますが、今の状況は、今後の日本文明の存亡をかけたギリギリのところにあると思います。危機感を持って森の再生に取り組む必要があり、山から出てくるようになったクマたちはその危機を私たちに教えに来てくれていると感じます」
人里に現れると捕らえられ、殺されるクマ。
その原因は、私たち人間にある
環境省が2020年4月に発表したデータでは、2019年度に5,736頭のクマが殺されました。特に昨年は全国的に山の実りが大凶作で、食べるものを求めてクマが多く人里に現れたことが影響しているといいます。
一方でクマが出る地域は限界集落も多く、過疎や高齢化によって人手がなくなり、また地域のコミュニティが薄れていることも、クマが多く出没する要因となっていると室谷さんは指摘します。
「クマは元来、ものすごく警戒心の強い生き物です。隠れるところがないような場所にはふつうは出てきません。しかし過疎と高齢化によって人が減って人手がなくなり、雑草や木々が生い茂って見晴らしが悪くなり、高齢者のご家庭では動くことが難しくなって、庭に成ったカキの実や生ゴミを放置してしまったりして、クマを誘引する条件がそろってしまうのです」
いとも簡単に殺された後、
どうなるのかは闇の世界
人里に現れたクマは、どのように捕らえられてしまうのでしょうか。
「クマの捕獲の基本的なルールとして。まず発見者が通報し、その後『捕獲申請』が出されます。『クマが出てきているから、捕まえてもいいか』というものです。これは通報者が申請する場合もあれば、自治体が申請することもあります」
「この捕獲申請は、申請すればほぼ100パーセント許可が下ります。そうすると捕えるために檻が設置され、多くの地域では檻にかかれば殺処分されます。人前に出てきたというだけでこんなに簡単にクマを捕殺できるのは日本だけではないでしょうか」
その後、地元の猟友会が委託を受けて銃で撃ち殺すか、槍で刺すなどして殺されるクマ。殺された後については「埋葬や焼却処分を指導している」という行政が多いものの「実際のところどうなっているのかはわからない」と室谷さんは話します。
「”熊の胆(くまのい)”と呼ばれるクマの胆のうの部分は漢方薬として重宝されており、かなり高額で取引されています。まったく表に出て来ない闇の部分ですが、肉も売買されていると聞いています。地域の猟友会から『無許可で罠をかけて、クマを乱獲している』という連絡を受けたこともありますが、証拠をつかむのは至難の技です」
新潟で保護された3頭の親子を放獣。
「人とクマとが共存できる社会のシンボルに」
2019年12月、新潟県魚沼市でクマの親子(母と子グマ2頭)が保護されました。
「昨年、新潟でも大量のクマたちがえさを求めて山から出てきては捕殺されていきました。新潟県は人工林率が20パーセント台と低く、クマが生息していくことができる本来の自然の森が多く残る地域でした。原因はわからないものの、ナラ枯れ、昆虫の激減など、近年、確実に森で何か異変が起きているということがいえると思います」
「なんとか殺さない対応ができないものかと悶々としていたところ、南魚沼市で3頭の親子(母と子グマ2頭)が捕殺されそうになっているという情報が入りました。
新潟の山もドングリなどが大凶作だったため、食べるものを求めて川沿いを下り、川の土手にある診療所の縁の下で力尽きて段ボールをちぎってまさに冬眠しようとしていたところを発見されました。子を連れた親グマは特に警戒心が強く、よほどのことがない限り、子どもを連れて人が多くいる場所に近づきません。本当に食べるものが何もなかったのでしょう」
通報されれば間違いなく捕殺されるであろう親子グマ。新潟の会員から「助けてやってほしい」と連絡を受け、団体本部のある兵庫から現地まで、スタッフがすぐに駆けつけました。殺処分だけはなんとか回避したいと行政と交渉した結果、たくさんの人の協力を得て、春まで団体が3頭を保護した後、放獣するというかたちで了解を得たといいます。そしてこの5月、たくさんの人たちの協力を得て、3頭を無事に森に放獣しました。
「母グマは警戒心が非常に強く、2頭の子グマを人前に出すことは絶対にしませんでした。その警戒心があれば、再び人間の前に出ていくことはしないでしょう。散弾銃を発砲されたり麻酔を打たれたり、クマたちは本当に怖い思いをしたと思います。3頭が森の中で自由に生きていってくれることを心から願います」
「たった3頭の命を救うだけでも、
こんなにたいへんなのだと痛感した」
「この3頭が、人間と野生動物の共存のシンボルになってくれたら」と室谷さん。「次々と捕獲して殺すのではなく、同じ地球で生きる仲間として、もっともっと積極的に放獣をしていく必要がある」と訴えます。
「2019年、新潟県で捕殺されたクマの数は543頭でした。生息推定数の58パーセントにあたります。捕獲されて命が救われたのは今回の3頭だけ。たった3頭の命を救うだけでもこんなにたいへんなのだと痛感しました」
「普段の活動のなかでは、歯がゆい思いをすることばかりで、やりたいと思っていることがまだまだ実現していないと感じることがほとんどです。自然破壊を耳にするたびに胸が痛み、なんとかしたいと思います。もっと多くの人たちに活動を知ってもらい、仲間になってくださる方を増やし、世の中を変えるような団体になりたいと思っています」
「がんばっても変えられなかったこともありますが、実現できたこともあります。新潟の3頭の親子の放獣は、まさにその一つでした。これからも未来を変えていくために、あきらめずに1つ1つの問題に真剣に取り組んでいきたいと持っています」
クマと人との共存を目指す活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「日本熊森協会」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×日本熊森協会」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、クマの生息地である奥山の広葉樹林の復元や、クマが集落に出て来ないように草刈りや誘引物の除去、民家近くのカキもぎなど、捕殺に頼らないクマとの棲み分け共存のための活動に必要な資金として使われます。
JAMMINがデザインしたコラボアイテムに描かれているのは、仲良く歩く3頭の親子の姿。その体には森の豊かな生態系を描きました。恵みにあふれた森でクマが暮らし、そんなクマがいるから私たちの豊かな生活も存在する。自然のすべてがつながり、支え合っている様子を表現したデザインです。
チャリティーアイテムの販売期間は、6月29日~7月5日の1週間。JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。
・野生のクマが暮らせる森づくりは、人間が安心して暮らせる環境づくりにもつながる。クマの棲む、豊かな森を次世代へ〜一般財団法人日本熊森協会
山本 めぐみ(JAMMIN): JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2019年11月に創業7年目を迎え、コラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は4,500万円を突破しました!