令和3年度に、児童相談所が児童虐待相談として対応した件数は20万7千件超。虐待までには至らなくても、家庭の困りごとや悩みを誰にも相談したり頼ったりすることができず、子育てを一人で抱え込んでしまうお母さんは少なくありません。孤立を防ぐために地域で子育てを支えたいと、子育て経験のある人がボランティアで家庭を訪問する活動があります。(JAMMIN=山本 めぐみ)
家庭を訪問、子育ての「なんとかしたい」を一緒に考え、取り組む
イギリスで1973年に誕生した、地域の子育て経験のある人が、子育てをする家庭をボランティアで訪問する「ホームスタート」。世界の22か国で展開されており、日本では2009年に活動を開始、現在115箇所の活動拠点があります。
「ママもパパも子どもも、ボランティアさんや地域も、私たち一人ひとりが異なるように、それぞれ個性や特性があります。経験値や思いも違います。だけど同じ一人の人として相手をそのまま受け止め寄り添うことで、お互いに本来もっている力が引き出される。そんな相乗効果が生まれる循環型の子育て支援がホームスタートです」と話すのは、NPO法人「ホームスタート・ジャパン」事務局長の山田幸恵(やまだ・ゆきえ)さん(59)。
近くに頼れる人がいないお母さんの希望に応じて、研修を受けた「ホームビジター」と呼ばれる地域のボランティアが、週に1回2時間程度、合計で4~6回ほど家庭を訪問します。
「わざわざお金を出して頼んだり、行政の窓口に相談に行ったりするほどじゃないかもしれないけど、誰かが一緒にいてくれたら助かるなということ、たとえば子育ての不満や悩みを聞く、外出に付き添う、双子ちゃんのお風呂を手伝う…。『傾聴(気持ちを受け止めながら話を聴く)』と『協働(家事や育児、外出を一緒にする)』などでサポートします」
「訪問は、ママさんの『しんどいな』『なんとかしたい』に対して、一緒に考え、取り組む期間」と話すのは、副代表理事であり、ホームスタート関東エリア代表の笹尾正乃(ささお・まさの)さん(66)。
「『子育てがうまくいかない』『イライラして子どもに怒鳴ってしまう』『ちょっと話を聞いてほしい』…。本当に小さなステップかもしれないけど、それぞれ一人ひとりの『こうあれたらいいな』を、その人に合ったかたちで一緒に取り組むこと。そうやって隣に誰かがいることが、ママさんにとっては大きな力になるんですよね」
専門職ではない、地域の人だからこその強み
「親元を離れて暮らす家庭、転出入する家庭も増え、右も左もわからないような場所で不安の中で子育てをするママさんたちは、頼れる人も、つながりもありません」と話すのは、「ホームスタート・わくわく」(東京都豊島区)でオーガナイザーを務める荒砥悦子(あらと・えつこ)さん(57)。
「私たちは専門職ではありませんが、同じ生活圏で暮らす近所の人が話を聞くことの良さもあって。『あそこのお店はいいよ』みたいな話から、子どもが熱を出したりケガをしたりした時に『うちの子はあそこの医院でお世話になったけど、先生がとても親切だったよ』といった、素人だからこそ、その地域に住んでいるからこその情報も提供できます」
「その地域で自分の足で立って暮らしていけるように、地域の方たち、子育て支援…いろんなところとつながるきっかけづくりも私たちの役目。『こうしてみよう』『あそこへいってみよう』…。本人が自分で選択して動いていく、そのための術を見つけるきっかけづくりをお手伝いしたいと思っています」
「一つひとつの家庭、一人ひとりが求めていることを大事に」
現在、32の都道府県・115団体がホームスタートを実施しています。
「子育て支援実施団体や保育園・こども園、児童養護施設、社会福祉協議会や助産師団体の方たちなど、ホームスタートのノウハウを学んだ皆さんが、各地域にそれを持ち帰って活動しており、横のネットワークでつながっています」と山田さん。
「もちろん地域によって特性はありますし、そうでなくても家庭によって、家族構成、お母さんや子どもの状況も全て違います。ホームスタートのプログラムはイギリスで培われてきたものですが、地域の課題や家庭の環境は違っても『一つひとつの家庭、一人ひとりが求めていることが何であるのかを大事にしよう』という支援原則がはっきりしています」
「対人関係のスキルを学び、批判的ではなく友人のように、ハートとフレンドシップをもって、協力的にやさしく寄り添うこと。その理念を大切にしています。その意味では、たとえどのような地域であれ家庭であれ、同じ姿勢で柔軟に、シンプルに向き合うことができる、汎用性の高いプログラムだと考えています」
ホームスタートには、ボランティアによる訪問活動を支える体制や環境を整えるしくみも、しっかりと盛り込まれています。
「各拠点にはかならず『オーガナイザー』と呼ばれる、マネジメントやフォローアップ、地域との連携を担当するスタッフがいます。ボランティアさんの善意に全てを委ねるのではなく、一人ひとりが存分に力を発揮できるように、オーガナイザーはご家庭だけでなくボランティアさんにも二人三脚で寄り添いながら、一緒に支援します」
「また、各地域でこの活動をする団体もオーガナイザーも、さまざまなケースにおいて課題を自分たちだけで抱え込まず、孤立せずに活動できるよう、マニュアルや互助の体制が盛り込まれています」
「『一緒に』が、活動の柱」
「訪問するご家庭のお母さんや子ども、ボランティアさん、オーガナイザーさん、地域の関係機関の方たち…、関わるすべての局面において、私たちが大切にしているキーワードが『一緒に』ということ」と山田さん。
「『一緒に』が柱となって、すべてがつながっている。それがホームスタートの活動だと感じます。お互いの個性や特性、経験やモチベーション、スキルを生かして『一緒に』やることが、相乗効果を生み出し、互いのエンパワメントになるんですよね」
「子育てに関して、日本はまだまだ『家庭がやるものだ』という意識があります。一方で、地域のつながりは薄れてきている。コロナによってそこが加速されています。これでは家庭はもっともっと孤立してしまいます」
「家庭という密閉した空間を訪問するというかたちの支援は、ともすればリスクもあります。決して簡単な支援ではありません。とはいえ、専門職である助産師や保健師さんだけで、小さなお子さんのいる家庭の日々の生活を見てまわるのには限界があります。その時に、地域にも、些細かもしれないけれど、できることがあると思うんです」
「おせっかいしすぎず、依存関係にならずに『一緒に』やっていく関係を作っていくためには、引きの視点で、地域のいろんな資源につながって、そこでも『一緒に』を作っていくことが大切」
「私たちは地域の中に、もっと温かな支え合いやつながり、『皆で一緒にやっていこうよ』という文化をつくっていきたいと思っていて、ホームスタートがそのきっかけになれたらという思いもあります」
寄り添ってもらった経験は、生きる力になる
「ホームスタートを利用したいと電話をくださったある一人のママさんは、電話の後、すぐに彼女を訪問したら『こんな私のために、来てくれる人がいるんだ』って。『すごく嬉しかった』って言ってくださったんですね」と笹尾さん。
「子育ての中で自信を失っている時に、一人の人として、ありのままの自分を受け入れてくれる人がいること。それだけでママさんは、自信を取り戻して、前に進んでいくんですよね。ただ隣にいるだけかもしれないけど、『大丈夫よ』と言ってくれる人がいることが、かけがえのない大きな力になるんです」
「ママさんの『どうしよう』とか『本当はこうしたいのに』という気持ちを、『やってみよっか』とか『できてよかった』と一緒に喜んでくれる人がいることが、ママさんの大きな力になり、子どもにとっても最善につながる場面をたくさん見てきました」
「寄り添ってもらった経験は、また何かのかたちで、次につながっていきます」と荒砥さん。
「あるご家庭は、遊び盛りの双子の下に赤ちゃんがいて、ママさんから『双子が活発で、私一人で赤ちゃんの面倒までなかなか見られない。一緒に公園遊びがしたい』と連絡をいただいて。皆で一緒に公園で『花いちもんめ』をしました」
「しばらく経ってから、地域の子育てイベントでママさんに偶然会うことがありました。『実は、また子どもが生まれるんですよ』と。『またホームスタートを使ってね』と言ったら、『子どもが大きくなったら今度は私がボランティアをやります』と言ってくださいました。嬉しかったですね」
団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は10/17〜10/23の1週間限定でホームスタート・ジャパンとコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、ホームスタートの活動を全国各地に広げていくための活動資金として活用されます。
JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、大きな花の下に集まる人たち。それぞれの人が支え合いながら、自分の力を見出し、皆で一緒に大地に根を張り、大きく美しい花を咲かせるというストーリーを表現しています。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。
・「一緒に」。互いにエンパワメントしながら、孤立しがちな子育てを、地域で支え合えるきっかけを〜NPO法人ホームスタート・ジャパン
「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は7,500万円を突破しました。