「大好きな馬で、子どもたちを笑顔にしたい」。馬と子どもが大好きという獣医師の女性が、障がいのある子どもたちにホースセラピーを届ける乗馬施設を、茨城で運営しています。

ただ乗るだけでなく、触れ合うことによって馬は人とあたたかく強い絆を結び、さまざまな可能性が生まれる。そう教えてくれたのは、12年を共に過ごした愛馬の存在でした。(JAMMIN=山本 めぐみ)

馬を中心に、療育を提供

ヒポトピアのお馬さん。向かって左がホイホイフェリチタちゃん、右は小泉さんが活動を始めた頃から一緒のプレストシンボリくん。「二人はとても仲良しで、いつも寄り添い過ごしていました」

巨大な仏像として有名な「牛久大仏」の北に、障がいのある子どもたちにホースセラピーを届ける乗馬施設「ヒポトピア」があります。代表で獣医師の小泉弓子(こいずみ・ゆみこ)さん(40)は、2013年に個人で活動を始め、2017年には一般社団法人となりました。

現在、乗馬クラブ「ヒポクリニック」、児童発達支援・放課後等デイサービス事業所「ヒポデイ」「プレスト」を持って活動しており、療育としてホースセラピーを取り入れています。

「馬に乗るだけでなく、馬のお手入れをする、厩舎で作業する…、馬と触れ合うさまざまな環境を提供しています」と小泉さん。

「馬は大きな動物ですが、草食動物で攻撃性がなく、安心・安全な場所を好みます。また、群れの中でそれぞれ役割を持って行動するのですが、それが人間社会とも似ていて、同じような特性を持つもの同士、関係が築きやすいところがあります」

お話をお伺いした小泉さん

発達障がいや身体障がいなど、さまざまな背景の子どもたちが馬と接しますが、「積極的な子どもにはアクティブに、じっとしている子には一定の距離を保ちながら、馬は相手に合わせて反応してくれます」と小泉さん。現在、ヒポトピアには2歳から20歳まで、大きさや品種、年齢の異なる馬がいるといいます。

「セラピーの規定としては、経験値の高い10歳を超えた馬が好ましいとされていますが、乗るだけでなく触れ合ったり見たりするだけのお馬さんもいます」

「乗るにしても、小さなお子さんが跨いだ時にちょうどいい背幅が狭めの馬がいいのか、あるいは寝たきりのお子さんが乗る場合に、安定した座面がとれる大きな馬がいいのか、年齢や障がいに合わせてそれぞれ異なります。いずれにしても、馬を中心にお子さん一人ひとりに合わせた目的を立て、活動を組み立てています」

一人ひとりに合わせ、
馬を介して刺激を入れていく

「いつもはちょっとせっかちで、力の加減が難しい彼。止まっている馬の背の落ち着いたリズム(平衡感覚)、暖かさ(触覚)、抱きつく(固有覚)などのほどよい刺激と鎮静で自律神経系が整い、とても穏やかな気持ちになります」

ヒポトピアでは、「感覚統合」と「高次化理論」に基づいたホースセラピーを提供しています。

「『感覚統合』は、わたしたちが日常的に使っている視覚・前庭覚・固有覚・触覚・聴覚というすべての動作の基盤となる5つの感覚を育てるものです。障がいを持ったお子さんの場合、これらの感覚が敏感な場合と鈍感な場合があり、その入力、処理、もしくは出力に何らかのつまずきを抱えていることが少なくありません。一人ひとりのつまずきがどこにあるのかを探り、そこに合った感覚や刺激を提供することで、その統合を助けます」

「『高次化理論』も目的はここに近いのですが、子どもたち一人ひとりの発達を、感覚入力水準や感覚運動水準、知覚運動水準といった8つの水準にわけており、お子さまの発達段階がどの水準にあるかをアセスメントして、その水準に必要な感覚や療育を提供します」

厩舎作業の様子。「奥に写っている彼女の目標は、小さな子を見守りながら声をかけたりといった他者を気にすること。手前の二人のお子さんは、まだ感覚を入力する時期で、さまざまな感覚を使うことを目的としています」

「たとえばですが、ADHDのお子さんはじっとしていられずに動き回ります。これは実は多くの場合、『動き回ることで必要な刺激を入れている』と言われています。馬を通して上手に感覚を補い、刺激を入れてあげられたら、落ち着いて一緒にいられるようになります」

「あるいは自閉症のお子さんは、触覚過敏で触ることにつまずきがある子が少なくありません。乗馬によってさまざまな感覚を補うことができますし、お手入れの際に馬に触れたり、さまざまな道具やブラシに触れる事で、柔らかい、あたたかい、ふわふわしているなど、いろいろな感覚がその子の中に入力されています。この意識下での『入力』が非常に大切で、本人が受け入れられる感覚の幅を、少しずつ広げていきます」

馬に乗ることでも、
さまざまな身体的効果も得られる

「こちらは『スーパーマン乗り』と言って、座位をとるための筋肉を鍛えるための乗り方です」

乗馬によって得られる身体的な効果も大きいと小泉さん。

「馬の背中は数字の8の字に揺れます。これは人が歩く時の骨盤の動きと似ており、リハビリにつながると言われています。体に麻痺があって自分で立ったり歩いたりすることが難しいお子さんでも、適切なリハビリと乗馬で、体幹やバランス感覚を鍛えることができます」

「重症心身障がいで寝たきりのお子さんも、さまざまな乗り方で、普段は使わない筋力を鍛えられます。また、乗馬によって前後に揺れる動作が脳幹を刺激し、覚醒が低いお子さんの覚醒を上げる効果もあります。活性因子が出て、脳のネットワークをつなげる効果もあります」

「子どもたちの『やってみたい』を全力で応援し、手伝い過ぎることはせず、できることは自分でしてもらうようにしています。そわそわしながらも、スタッフは大きな心で見守ります」

ヒポトピアでは、理学療法士や作業療法士、看護師や保育士、児童指導員といった子どものためのスペシャリストと、馬を専門とするスペシャリストがタッグを組み、話し合いを進めながら、一人ひとりの症状や目指すところに合わせて、どんな馬にどう乗り、どう触れ合うかを提供しています。

「馬に触れることは、子どもたちの自信や満足感につながっていくと思っています」と小泉さん。

「乗ってみたいならもちろん乗れますし、それだけに限らず、触ってみたいならお手入れを手伝えるし、ただ見ていることもできるし、絵を描くこともできます。さまざまな関わり合いを持てるのが馬のいる環境であり、馬の良さだと思います」

12年連れ添った「ぷーちゃん」が教えてくれたこと

「ぷーちゃん」のお世話をする女の子。「彼女は麻痺があり、特に下肢がうまく使えません。それでも一生懸命に背伸びをしてお手入れをしています」

獣医師である小泉さんは、なぜこの活動を始めたのでしょうか。

「祖父が馬を眺めるのが好きで、小さい時から馬のいる場所によく連れていってもらいました。北里大学獣医学部に入学し、そこで馬術部に入りました。大学病院の小児病棟で、入院中の子どもたちに絵本の読み聞かせをするボランティアもしていたのですが、重度の病気の子どもたちを見ていると、1日1日がいかに尊いものであるかを感じました」

「子どもたちに何か特別な1日をプレゼントできないかと思い、馬を見せてあげたことがあったんです。それがきっかけで『自分の大好きな馬で、子どもたちを笑顔にしたい』という夢を抱くようになりました」

在学中に障がい者乗馬と出会った小泉さん。卒業後はホースセラピーを実践する病院で勤務し、その後、乗馬インストラクターの資格を取って乗馬クラブに勤めながら、アメリカで障がい者乗馬の免許を取得。2013年には個人で「Uヒポクリニック」を立ち上げ、活動をスタートします。

「いろんな方がボランティアで手伝ってくださり、すごくやりがいもありましたが、仕事が休みの日にしか活動ができず、このままでは発展性がないし、もっともっとたくさんの方にホースセラピーを正しく広げていくためにと、2017年に社団法人として再スタートを切りました」

仕事の傍ら、活動を続ける。そこまで小泉さんを突き動かしたものは何だったのでしょうか。

「何がそうさせたのが、自分でもわからないんです」と振り返る小泉さん。


「ただ、2022年に亡くなったプレストシンボリくんという馬との出会いは、馬と人との可能性を考える大きなきっかけになりました。ぷーちゃん(プレストシンボリくんのニックネーム)は、個人で活動を始めた時に譲っていただいた一頭の馬で、その時すでに18歳でした」

小泉さんとぷーちゃん。「2020年10月、カメラマンの方に撮っていただいた写真です。長年一緒に歩いていると、足をあげるタイミングも揃ってくるのですね。この時期は本当に気持ちが通じてきて、また歳を重ねているのを実感してきた頃で、毎日が愛おしい時間でした」

「彼と私はいつも、何をするにも一緒でした。雪の日に車が動かず、ぷーちゃんに乗って出社したこともあります。ぷーちゃんと過ごす日々のちょっとした時間が何よりも特別で、幸せでした」

「ぷーちゃんと一つずつ活動を築いていく中で、馬はこんなにも人を支え、助けてくれるのだと彼が教えてくれました。人と馬は、ここまで深い関係性を築くことができるのだと。こちらの思いを返してくれたり、感じたことを教えてくれたり…ぷーちゃんは私にとってパートナーであり、先生のような存在でした」

「ぷーちゃんとの関係性が強くなればなるほど、一緒にいる幸せを感じれば感じるほど、次第に年をとっていくぷーちゃんが、乗れなくなっても皆から必要とされるために、私が感じているこの幸せな気持ちを、皆にも感じてもらいたいと思うようになりました」

「ぷーちゃんに出会わなければ、馬がこんなにも素晴らしいとは気づかなかったかもしれません。乗る以外にも、活動の中でさまざまな馬との関わりにこだわるのは、ぷーちゃんが教えてくれたことでもあるんです」

プーちゃんの思いとともに、これからも

今年1月に生まれた、愛娘のつぐみちゃん。「共に過ごした今までの時間の美しさを教えてくれたぷーちゃんにちなんで、娘の名前は『つぐみ(継美)』と名付けました。私にとって娘もまた、ぷーちゃんが遺していってくれた大切なものの一つです」

昨年10月、30歳で亡くなったぷーちゃん。その時、小泉さんのお腹には新たな命が宿っていました。

「私は40歳になりますが、馬といる時間が大切で仕事ばかりしていて、まさか自分が結婚するとも、子どもを産むとも思っていませんでした。しかし活動を通じて今の旦那さんと出会い、お腹の中に赤ちゃんがいることがわかった時に、ぷーちゃんはおじいちゃんになって、少しずつ弱って亡くなっていくと思っていましたが…、あれっと思った翌日には、空に旅立ってしまいました」

「ぷーちゃんはきっと、すべてをお見通しだったんだと思います。私に新しい家族と命ができたのを見て、安心して旅立ったのかなと…。12年間の彼と過ごした時間の中で、ぷーちゃんからもらったもの、受け継いだものがあまりにもたくさんあって、そのどれもが本当に美しくて。彼から教えてもらったものを、今、牧場にいる12頭の馬たちにもつないでいきたいと思っています」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、5/22〜28の1週間限定でヒポトピアとコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円がヒポトピアへとチャリティーされ、肢体不自由の子どもたちが馬に乗りやすいようにする台や、乗馬クラブ内で快適に過ごせるように、スロープを作成するための資金として活用されます。

1週間限定販売のコラボデザインアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインは、雲の間から覗く月のように、人の心をやさしく見守り、寄り添う馬の、神秘的で純粋無垢な佇まいを表現しました。


JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

・「大好きな馬で、子どもたちを笑顔に」。亡き愛馬の思いを継いで、障がいのある子どもたちにホースセラピーを届ける〜一般社団法人ヒポトピア

「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は8,000万円を突破しました。

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