国際映画祭でたくさんの作品が選出されているセルゲイ・ロズニツァ監督作品だが、今まで22作品のドキュメンタリーを発表し、今回最新作を含む近作3作品が日本初公開となった。

「群衆」と銘打たれたこのドキュメンタリー3選はその名の通り、群衆に目を向けた作品がキュレートされた。

その内のソ連のアーカイヴァル映画「粛清裁判」と「国葬」については、前編で書いたので後編ではもう一作、ナチスにより大量虐殺された施設が観光地化した場所をロングショットで撮りに行き、それを繋げた作品「アウステルリッツ」についてのレビューを書いていこうと思う。(石田 吉信=Lond共同代表)

元強制収容所を訪れるダークツーリズムを映し出すドキュメンタリー映画「アウステルリッツ」

もはや内容としては上記の事しかないと言っても過言ではない。ワンショット5分以上の定点映像をいくつも繋げたものだが、これは映画というより現代アート作品のようであった。

美輪明宏さんと千住博さんの何かの対談記事で、確か美輪明宏さんが「アートは人をニュートラルに気持ちにさせる」とのような事をおっしゃってたのをすごく覚えていて、私は美術館などに行くたびに、ニュートラルな静けさのある自分にたち帰る装置がアートというものだ、という自分の考え方がある。

それはまるで寺院や教会の中にいる自分とも重なる。

そのある種の瞑想状態にこの「アウステルリッツ」を観ていてなったのだ。

これは日本で言えばヒメユリの塔や原爆ドームに観光に来ている群衆を長回しで撮ったみたいなドキュメンタリーだ。

私ももちろん国内外そういった場所に訪れた事はあるが、その時の自分の立ち振る舞いはどんなものだったのだろうか?と顧みた。

スマホで写真を撮っていただろうか?その場所の印象的なところにレンズを向けていただろうか?友達と談笑をしていたりしただろうか?そこで飲食をしていたりしただろうか?

この映画は上記のようなことをしているツアー客たちが映し出される。

【第二次世界大戦でナチスに強制収容され多くの人々に拷問や殺害をした場所で】

他人事ではない、自分もこのような歴史的な場所を訪れた時に同じような態度があったんじゃないかと思う。そこに映し出されている群衆の一人一人に批判的な想いを抱く資格はないと思う。(さすがに磔の拷問の場所ではりつけられたポーズをして記念撮影をしている男性には思うことはあったが、、、でもきっとそれをやったのはこの観光地史上この男性が初めてではないであろう)

しかし、そのような歴史的な場所でどのような態度でその場を感じているのか、見ているのか、群衆に目を向けたことがあっただろうか?

このドキュメンタリーはそういう新しい視点から様々なことを考える契機になる。

幸いにも、この映画はロングショットであり、ツアーガイドが時折、数回ツアー客にその場所の説明をする言葉以外話し声もテロップもない。

なので、静かに長く考える時間は山ほどある。そういう部分でまるで寺に訪れて座禅体験をする時のような気持ちに近いのかもしれない。

人により、「なんて無意味なものを見せつけられ続けているんだ?」と思うかもしれない。(寺に瞑想体験をしに行っても同じような感想を持つ人もいるだろう)

これがスマホで、Netflixなどで鑑賞していたら、何が起こるのかと先へ先へ飛ばしてしまったり、途中で観るのをやめてしまうかもしれない。

しかし、お金を払ってる状況で、スマホも見ることもできず、ただ劇場画面だけに注視させることができる「映画館」だからこそ最後まで完走できるのかもしれない。

そういうある種の軟禁状態にさせる「映画館」が私は好きだ。ずっと無くならないことを願っているし、応援したい気持ちからこの作品を鑑賞した渋谷のイメージシアターフォーラムも会員だし、観たい映画が無くとも毎月数回映画館にいくようにしている。

このような場所がないと最後まで鑑賞しづらい映画もあると思う。

正直、この映画自体にそこまでの多様な情報量が無いのでここでレビューをやめても良いところだが、最後に一つ、私が瞑想的にこの映画を鑑賞している中で考えていたことは、もちろん戦争や暴力について、群衆の態度について、色々考えが浮かんだが、この映画とは全然関係ない部分で気がついたことがある。

それは、「世の中にはなんて様々なものがいくつも必要なんだ!」ということ。

これはこの映画を見ずとも、街中を見ていれば同じことを思えそうなものだが、群衆をずーっと見せつけられていたからこそ浮かんだのだと思う。

この映画の中の気温は暖かい季節だ。

Tシャツ、パンツ、靴、サングラス、カバン、アクセサリー、食べ物――。

一人の人間が一生のうちにどれだけの多くのものを消費するのだろうと、サステナビリティの視点、環境問題の視点で気付いたら群衆を見つめていたのだ。そんな視点で観ていたらそれはそれで恐怖を感じた。

228億点。これが世界中で1年間に廃棄される衣料品の数だと言われている。中には一度も着られずに捨てられる衣服もあり、日本国内ではおよそ半数が消費者の手に届かないまま廃棄されていると言われている。

ちょっと映画レビューと逸れてしまうので書くか迷ったのだが、そんな視点でこの群衆を見るというのも一つ気づきがあるかもしれませんよ、ということで。(強制収容所に対して他人事のような態度の群衆に疑問を抱きつつ、その映像を観ながら全く違うことを考える私も不謹慎だろうか)