令和二年七月豪雨。新型コロナウイルスの流行により災害ボランティアの全国募集を断念した熊本県。県内から集まる有志の人たちにより復旧に取り組んでいるが、被害規模に対して必要な人数には達せず、孤立が長引いた地域や通常のボランティアでは手が出せない危険を伴う箇所などではほかの災害と比べても明らかに遅れが見える。県では敷地内、宅地内の土砂撤去を業者に委託するなど対応を図っているが、慢性的な業者不足や被害の大きさにより手が足りていないのが現状だ。その状況を受け、包括的な災害支援を行う日本財団が熊本県からの要請を受け重機や大工などの技術系ボランティアを3陣にわたって派遣することとなった。(文・写真=福地 波宇郎)

重機を使って岩にうずもれた家屋への入り口を掘り出す

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” open=”no” style=”default” icon=”plus” anchor=”” class=””]参加するメンバーは重機オペレーターや大工など、本業を活かしプロボノとして活動しているボランティアを中心に、その手元作業や清掃作業を行う人たちが参加、財団職員やオリパラのボランティアに参加する予定で、財団で研修を受けていた人たちも含まれていた。

1陣につき30名を派遣、8月第一週、第三週末で2陣までが活動している。参加者はPCR検査を受け、陰性が確認されるとそのまま団体で飛行機、バスを乗り継ぎ球磨村神瀬地区へと向かった。現地では土砂に埋もれている家屋の掘り出しや道路の清掃、歩道の啓開、また家屋内に取り残された貴重品の取り出し、再生する家屋の壁はがしなどその活動は多岐にわたった。

あふれた球磨川沿線の景観再生活動も同時に行う

また第二陣では隣の一勝地地区で避難所へ通じる道のガードレールや柵に延々と絡みつき堆積していた流木や土砂を撤去、参加者の中には熊本出身の人もおり、「こんなにたくさんの人が故郷のために来てくれた」と涙ぐんで感想を語ってくれた。

一勝地地区の住民も「どこから手を付けていいかわからなかったが、重機とたくさんの人でこんなにきれいにしてもらえた、あとは自分らでもがんばらんと」と一緒にスコップを握って活動に飛び入りしている姿も見えた。

重機を使い道を開け、人の手で家財を運び出す

現地でのニーズはまだ多数あることから、日本財団は派遣回数の増加も検討している。今後台風シーズンを迎えていく。これからの災害もコロナとの複合災害となることは避けられない状態だ。

そのような中で経験と専門技術を持ち、感染対策を行った災害の専門家が国や県、自治体、現地の災害ボランティアセンターを管轄する社会福祉協議会と連携しながら活動していくことは早期の復旧・復興に必要であり、その仕組みづくりが重要だ。

これまで各地の災害でボランティアは単なる労働力ではなく、被災した人々との交流の中でその背中をささえる大事な精神的役割として復旧、復興に力を発揮してきた。コロナ禍における災害支援の在り方の一つとして今後の派遣団の活動にも期待がかかっている。

流木によって狭められた道幅を広げていく

日本財団災害復興支援