2010年11月末、31歳の誕生日を目前に一人の男性がALSと診断されました。外資系広告会社「マッキャンエリクソン」のプランニングディレクターとして働いていた、藤田正裕(ふじた・まさひろ、通称「ヒロ」)さん(41)。発症から10年。ヒロさんは今、何を思い、ALSという病とどう向き合っているのでしょうか。(JAMMIN=山本 めぐみ)

「ヒロの声が、今も『聞こえる』」

2020年11月30日に41歳の誕生日を迎えたヒロさん。31歳を目前にALSと診断され、10年の歳月が流れた。写真は2020年8月。週に2日、お気に入りの車椅子に乗って過ごす

ALS(エー・エル・エス)、筋萎縮性側索硬化症。発症すると身体のあらゆる箇所の筋肉が萎縮して徐々に身体が動かなくなり、手足だけでなく、話したり笑ったり、最後には呼吸することすらできなくなってしまう原因不明、治療法未確立の難病です。

今からちょうど10年前の2010年11月にALSの宣告を受けたヒロさん。「広告代理店で働く自分がALSになったのには何か意味がある」と、次第に自由を奪われていく体と闘いながら、ALSを一人でも多くの人に知ってもらうことで治療薬開発へとつなげたいと一般社団法人「END ALS」を立ち上げ、精力的に活動してきました。

発症から10年。ヒロさんは今、ALS患者にとって最後のコミュニケーションの手段である目さえ動かなくなってしまう「TLS(Totally Locked-in State、完全な閉じ込め状態)」の恐怖と闘っています。

現在のコミュニケーションの方法は、質問を投げかけ、そこに対してヒロさんが、唯一動く眼球を使って「YES/NO」を答えながらどんどん突き詰めて意思を探っていく方法だといいますが、「あえて言葉で表現するならば、今でもヒロの声が”聞こえる”」と話すのは、ヘルパーとして9年にわたりヒロさんを日々支えてきた中野千秋(なかの・ちあき)さんです。

 

ヒロさんと中野さん。2019年12月、「Merry & Bright 脳波で灯すクリスマス」

「『YES』という返事ひとつにしても、ヒロにとって本当に100パーセントぴったりの『YES』なのか、『まあまあそうかな』の『YES』なのか、『ほとんど違うけど、ちょっとそうかな』の『YES』なのか、いろんなバージョンがあります」と中野さん。

「その度合い、奥行きの見分け方としては、ヒロの目を動かすスピード、幅、反応までの時間もあるし、ヒロの体温や脈拍、顔色、湿気の具合でも読みとることができます。これまで9年間を一緒に過ごしてきた中で、私が知っている限りの9年間のヒロのすべてと、今、目の前で感じとれるヒロのすべてを総合的に合わせ、何を感じているのかを読みとります。私は9年間、ヒロという人間をそのために知ってきたと思っています」


2020年9月、コミュニケーションをとるヒロさんと中野さん

「人間が本来持っている本能的な感覚や感情、痛いとか、かゆいとか、うれしい、悲しい、気づいてほしい…目の前にいなくても、同じ空間にいるだけで、本当に聞こえてくる。物理的には動かないし、声も出さないし、表情もないよう見える。表面上ではそうなのだけれど、感情豊かなヒロは昔と何も変わらなくて、その時々で、内心すごく笑ってるのもわかるし、怒ってるのも、拗ねているのもわかるんです」

「ただ、体が動かないなりの対応や配慮は必要だし、ALSという病気がどれだけ過酷で残酷なものなのか、『注意事項』という一言では済まされない、壮絶な病と闘いながら生活する本人への理解も併せ持たなければいけません」

「ALSになったことで、いろんなものを失っていく。その苦悩、葛藤、絶望、悲しみ…心で感じる苦痛と、だるさや痛みなど身体的な苦痛もあります。ヒロは日々そこと闘っている。すごく苦しい時のヒロもいれば、楽しい出来事があったり友達と過ごしたりして、すごくやる気になっている時のヒロもいます。多面的にヒロを理解し、寄り添いたいと心がけています」

ALSという「孤独」

 


2018年1月、雪の降った日、雪をつかみ思いがこみ上げてきたヒロさん

ある時、それまで動いていたヒロさんの左の人差し指が動かなくなった瞬間がありました。

「それまでも動きづらさはあったけれど、完全に動かなくなった時、ヒロが『動かない』と言って、すごく悔しそうな顔をして泣いたんです。その時、同情ではなく『それは悔しいよ。悔しくて泣くのは当たり前だよ』という言葉を返しました。ALSという病気は、体中の筋肉が萎縮し、動かなくなる病気です。だから指も動かなくなるよね、と。悔しいね、と二人して泣きました。そしたらヒロが、ちょっと納得した感じで悔しい顔をやめて。それ以来、そのことで泣くことはありませんでした」


2012年、気管切開する前に、酸素マスクをつけたヒロさん

「2013年に気管切開をして人工呼吸器を装着(※)する時、その前にヒロと話し合ったことがあります。生きるか死ぬかの話をしながら、お互いに覚悟を決めた瞬間がありました。先に寿命がくるのか、あるいは病気が治るかまでの間、この病気と一緒に闘っていこう、と」

(※…ALSが進行すると自力での呼吸が困難になるため、呼吸補助装置をつけて生きるか、そのまま死ぬかの選択を迫られる。ALS患者の7割以上が、呼吸器装着という選択肢を選ばないという)

「ヒロがヒロらしいスタイルやこだわり、『クソくらえだ』というALSへの姿勢を貫き通すために、可能な限り彼がイメージしたことを実現できるよう努力してきましたが、どれだけがんばってもかなえられない、埋められない溝が一つあります」と中野さん。

「それは、『自分はALSで、周りの人たちは皆ALSではない』というヒロの孤独です。
昔、『俺の孤独は誰にもわからない』と言ったヒロに、その時はまだ『そんなことないよ』と答えたんですね。そうしたらヒロが『君はALSじゃないでしょ』と。超えられない壁、現実を思い知らされた瞬間でした」

ALSは今でも大嫌いだけど、
「自分の立ち位置」を受け入れた

 


2015年に入院した時の一枚。「まるでヒロの闘病生活を表しているような写真です。薄暗い部屋がALSで、その中にとじ込められています。少しの灯りは未来への希望。大好きなパソコンとテレビを見ているヒロの、自分を見失わないように自分らしく懸命に生きる姿。そして部屋に1人きりでいる孤独の空間。誰も入れないこの部屋で、常にヒロは闘い生きています」(中野さん)

発症から10年。

この10年でALSに対して、ヒロさんの思いの変化はあったのでしょうか。

「ヒロがALSに感じている怒りや絶望、悔しさ、情けなさは何も変わっていません。だけど、姿勢に変化は感じています」と中野さん。

「気管切開を受けてからの数年間、ヒロには『ふざけるな。ALSなんかに負けてたまるか!こんなのは俺じゃないんだ』という感情、『病気の自分を認めたくない』という気持ちが強く残っていて、精神のコントロールが難しくなり、うつ状態になったり感情の起伏も激しくなったりした時期がありました」

「そのくらいから、『自分はALSなんだ、俺は病気なんだ、病気の俺で生きていくんだ』というふうに受け入れるようになりました。『ALSを受け入れる』とはちょっと違うかもしれません。ALSのことは認めていないし大嫌いだし殺してやりたい、絶対に嫌だし許しても認めてもいないけど、今はここにいるんだ、それは変えられないんだ、ここにいるなりにやっていくしかないんだと、『ALSを受け入れた』というよりは『自分の立ち位置を受け入れた』という感じでしょうか」

ヒロさんらしさを貫くことは、

大切な人への深い優しさと愛情の表れ


2014年頃の写真。「字を書けなくても、話すことができなくても、ヒロは顔で表情を作り、カンペを作ってお友達に想いを伝えていました」(中野さん)

「『かっこいい』『ヒロは強い』と言っていただくことも多いのですが、でもヒロに言わせたら、『俺は大人なのに、ケツひとつ自分で拭けない。何一つできないんだよ』と。ALSになったことも闘病も、決してかっこよくないし、気持ちが折れることも、諦めたい時も、絶望を感じることも、不安で不安で先が見えないこともたくさんあるんです」

「一人だと決して強くないんだけど、共に苦しんだり悩んだり、思いをかたちにしてくれたり応援してくれる仲間がいるから、その度に『これじゃダメだ』と奮い立ってきたのだと思います」


毎年「END ALS」が開催しているALS患者を描くデッサン会「Still Life」にて、ヒロさんを囲んで

「この病気と向き合うしかない、逃げられないと覚悟を決めた上で、それでも彼のプライド、センスやスタイルを、あくまで自然体で実現させてきたのがヒロです。本人が一番ALSで苦しんでいること、つらい思いをしていることは間違いないけれど、一方で『それだけじゃないんだ、物理的には動かなくても、今これだけできているんだ』ということを伝えることで、自分にとって本当に大切な人たち、家族や友人、仲間たちが何か救われてくれたら、というのがヒロの優しさであり、大きな愛情です」

「ヒロはきっと、そのこともずっと前からわかっていたのだと思います。周囲の人たちを悲しませないためにも、『ALSになっても自分らしくいられる環境』にこだわってきた部分があるのだと思います」

発症から10年、ヒロさんが今抱く思い


2020年11月、「JAMMIN×END ALS」チャリティーTシャツを着て。チャリテイーアイテム購入ごとに700円がEND ALSへ寄付され、1日も早い治療法確立のため、その研究資金として活用される(Tシャツ:チャリティー・税込3500円、販売期間:2020/11/30〜12/6の1週間)

今回、ヒロさん本人にいくつかの質問に答えていただきました。中野さんを通じてヒロさんからいただいたメッセージを紹介します。

──ヒロさんがALSと診断されて10年になります。この10年を振り返って、どう感じていますか?
ヒロ:元気な頃には想像も出来なかった。普通に生きてたら経験できない。凄まじい生き地獄の10年。すげーなオレ、よくやったなー!

──今、この病気をどう思っていますか。今でも強い怒りや憤り、負けないという気持ちですか。それとも何か違う思いを抱いていたり、感情が湧いていたりしますか。

ヒロ:ALSを絶滅させる、絶対に勝つ!
でも、病気になったおかげで気づけた事があったし、いろんな人達に出逢えたのは良かった。

──この10年間で、気持ちとして変わった部分があれば教えてください。
ヒロ:数年前まで怒り、憎しみ、絶望しかなかったけど、今少しずつ病気になった事で得られたというポジティブな気持ちも出できた。

──今一番大きい感情は何ですか?
ヒロ:この苦痛から早く解放されたい、自分で息したい、水飲みたい、動きたい。

──ヒロさんが今、声を大にして訴えたいことや伝えたいことはありますか。
ヒロ:早く治療法を見つけてほしい。

──END ALSとして今後挑戦したいこと、やってみたいプロジェクトを教えてください。

ヒロ:SNS上でチャリティーに関わるイベントを企画していきたい。

──ヒロさんを応援している方たちに向けて、メッセージをお願いします。
ヒロ:応援してくださっているみなさん、いつもありがとうございます。
今後も 多くの方にALSを知ってもらい、1日でも早い治療法確立の為の活動をがんばっていきますので、これからも応援よろしくお願いします。

ALSを終わらせるための活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「END ALS」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。

11/30〜12/6の1週間、JAMMINのホームページからアイテムをご購入いただくと、1アイテム購入につき700円がEND ALSへとチャリティーされ、1日でも早くALSの治療法を確立するため、ALSの治療に関する研究を進める大学や医療機関への研究資金として使われます。


「JAMMIN×END ALS」11/30~12/6の1週間限定販売のコラボアイテム(写真はスウェット(カラー:グレー、価格は700円のチャリティー・税込で7600円)。他にもTシャツやパーカー、トートバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、目の中に広がる宇宙を描きました。

ALS患者のコミュニケーションのツールである目でもあり、ALSが終わる未来や希望の光を見つめる目でもあると同時に、ALSであっても失われない、その人の強さや可能性を表現しています。

チャリティーアイテムの販売期間は、11月30日~12月6日の1週間。JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

・「ALSを絶滅させる、絶対に勝つ」。ALS発症から10年。今、ヒロさんは何を思うのか〜一般社団法人END ALS

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は300を超え、チャリティー総額は5,000万円を突破しました。

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