日本には35万人の透析患者がいるとされています。慢性腎不全の場合、一度失われた腎臓の機能の回復は難しく、一生涯に渡って透析治療を受け続けなければなりません。その時に問題となるのが、旅先や出張先の透析。「ホテルを予約するように手軽に身近に、透析を予約し、受けられる環境をつくりたい」。自ら透析を受ける一人の男性が、8年前に活動を始めました。(JAMMIN=山本 めぐみ)
全国4300の透析が受けられる病院の情報をデーターベース化
一般社団法人「旅行透析」は、旅行先や出張先で利用できる全国約4300箇所の人工透析病院の細かい情報を収集してデータベース化し、透析患者に無償で紹介する活動を2012年にスタートしました。
代表の池間真吾(いけま・しんご)さん(50)は、自身も透析患者として仕事の出張先で透析病院を探すのに一苦労した経験から「透析を受けていても自分らしい暮らしを諦めてほしくない」と、活動を通じて透析患者のQOL(生活の質)向上を支援しています。
「血液透析を受けている方は、日常的に通院して透析を受けなければなりません。私も週に3〜4回、必ず透析治療を受けています。腎臓の機能の代わりを果たしてくれるものなので、透析が受けられないと非常に苦しく、場合によっては命にも危険が及ぶこともあります」
「旅先や出張先に3日以上滞在する際には、その地域で臨時の透析を受けなければなりません。しかし現実として透析病院は各地域の患者さんが主な対象で、外に向けた情報が少なく、当事者やご家族が十分な情報を得られないということがありました」
「14件、透析を断られた」きっかけは、自身の体験
池間さんが腎不全と診断されたのは、さかのぼること12年前。沖縄の那覇市内で民宿やレストランを経営していた38歳の時でした。
「体がだるい、食欲がない、歩いていてもへたってしまって歩道橋を渡りきれないといった症状が出ていましたが、日々忙しかったし、こなさなければいけないことに追われて受診を先延ばしていました」と当時を振り返る池間さん。眠れない夜が続いたために病院を受診したところ、思いがけず腎不全と診断され、すぐに人工透析が必要だと医師から告げられました。
すでに体の至るところに影響が出ており、3ヶ月半の入院で20回近く手術を受けた池間さん。その間に民宿やレストランを手放し、退院後、付き合っていた現在の奥さんの故郷である宮古島に移住、そこで透析を受けながら観光協会の職員として働き始めました。そこで当時自治体が力を入れていた民泊誘致のために各地に出張することになり、行く先々で透析を受ける必要が出てきました。
「出張先が決まると、昼休みにその地域の透析を受けられる病院を探して片っ端から電話するのですが、ことごとく断られて。立て続けに14件断られたこともありました。全国35万人いる透析患者さんたちはこんな不便な暮らしを余儀なくされているのかと感じました」
一方、出張の際に訪れた先々の病院で、より良い透析を研究したり熱心に情報収集する患者さんたちとも出会った池間さん。透析を受けながらもやりたいことに取り組み、自分らしい暮らしを送ることができるのだと勇気づけられたといいます。
「透析や日常生活、食事についてもいろいろアドバイスをもらったり、学会にも顔を出させてもらったりするようになりました。透析が必要だと言われた時は『人生終わったな』と思いましたが、『きちんと透析を受けていたら健常者と同じように生きられるよ』ということも言ってもらい、心強かったですね」
「そこでも『透析を受けられる病院に関する情報があまりに足りておらず、透析患者は移動がしづらい』とった話を聞きました。何か力になれたらと旅先でも透析を受けられる全国の病院を調査して一律にまとめてデータベース化し、予約できるサービスを作ろうと思ったのです」
患者はどうしても弱い立場に置かれてしまう
34歳で独立するまで、報道記者をしていた池間さん。「気になったことは徹底的に調べたい」と腎不全と診断された際もたくさんの本を読み漁り、病気のことについて調べたといいます。
「実は透析が今すぐ必要と診断されてから、半年間透析を拒否しているんです。本当に透析が必要なのか、他に方法はないのか。自分なりに病気のことを調べ、さまざまな方法を模索しました。結論として、やはり透析は必要だと納得しました」
その時、透析の時間や回数を増やすことがQOLを大きく向上させることにもつながると知ったといいます。
「透析というと1回3〜4時間、週3回というところがほとんどですし、そのように認識されていることが多いのではないかと思います。ですが実際は、時間をかければかけるだけ良いのです。透析患者さんの肌は浅黒いというイメージを持たれることがありますが、これは透析不足によるものです。透析が足りていないために体の毒素が抜けきらず、色素が沈着しているのです」
「よそからの透析患者を受け入れないことも、透析の時間が短いことも、それは病院側の効率化のための都合です。病院と患者との間の主従関係というか、批判したいわけではないのですが、どうしても患者さんが弱い立場に置かれることが少なくないように思います」
「一生受け続けなければいけないからこそ、『選択できる』あり方を」
「透析は一生受け続けるもの。情報や知識があれば、患者が自分で選択して生きていくことができる」と池間さん。
「腎不全は自覚症状がほとんどありません。それまで普通に生きてきた人がある日突然腎不全と診断され、いきなり身体障害者手帳1級(重度なもの)になる。これはものすごく大きなギャップで、人生自体を諦めてしまう人もいます」
「でも、そうではない。もっと自由に生きられるのです。出張を諦めなくていいし、旅行して新しい景色に触れたり、帰省して家族や友人に会ったりすることも諦めなくいいと僕は思います」
透析患者の厳しい食事制限についても、「知識さえあれば、全部が全部我慢しなくてもいい」と池間さん。
「透析患者は、塩分やリン、カリウム、タンパク質を控えるといった厳しい食事制限があります。1日に摂取できる水分量も細かく制限されます。納豆やバナナ、ほうれん草など、一般的に体に良いとされている食べ物をほとんど食べることができません」
「果物も滅多に食べられませんが、カットした状態で1日水にさらしておくと成分が水に流れ出るのでそのまま食べるよりは全然いいとか、どうしても食べたいなら透析を受ける直前なら少し食べられるとか、いろいろ知恵はあるんです」
透析が受けられない、費用が支払えない…。途上国で目の当たりにした現実
コロナが流行する以前は、旅行代理店からの依頼もあって日本国内だけでなく海外でも透析を受けられる病院を調査していた池間さん。現地の病院を訪れ、実際に透析を受けた感想をレポートしつつ、日本から透析患者を受け入れるにあたってのサービスの交渉や営業をしていた時、現地の患者が置かれている現実を目の当たりにします。
「日本では年間500万円ほどかかる透析の費用は保険が適応され、患者にはそこまで大きな経済的な負担はありません。しかしカンボジアやタイ、ミャンマーといった途上国ではそのような制度はなく、年間100万人以上もの人が、透析を受けられずに腎臓病で即死していることを知ったのです」
「それだけでなく、この病気や透析に関する知識も持たないことによる過酷な状況もあります。患者の家族は、いつか病気が治ると信じて収入をすべて治療費に注ぎ込み、家や土地も売って、親戚中にも頼み込んでなんとか透析費用を集めます。しかし透析は一生受け続けなければなりません。本人だけでなく家族をも巻き込んで不幸に陥る現実があります」
「患者の中には、『自分が生き続けたら、家族の皆が不幸になる』と、透析の血管チューブを引き抜いて自殺する人もいます。訪れた先の病院で、同じ透析が必要な患者さんから『旅行するお金があったら、治療のお金を寄付してくれよ』と直接尋ねられたこともありました」
「自分は平和な日本から現地を訪れて透析のためにいろいろ交渉しているのに、一方で現地では透析さえ受けられずに苦しむ人がいる。これは何か違うんじゃないか、これでいいんだろうかと思いました」
臓器移植が進んでいない分、世界トップレベルの透析の技術を誇るという日本。
「そんな日本にいる自分が、国を超え、同じ患者として患者側の立場から教えてあげられることがあるんじゃないか。患者として途上国の人の命を救うこともできるんじゃないか」、そう考えた池間さんは、「国を超えた患者会を作りたい」と2019年に新たに一般社団法人「国境なき腎臓病患者支援会」を立ち上げました。
「どん底を味わっても、人生はプラスに転じられる」
透析を受けながら活動を続ける、池間さんのそのバイタリティーはどこから来ているのか尋ねました。
「腎不全と診断され死の恐怖を経験したし、事業もすべてがダメになってどん底を見ました。でも、マイナスに感じたことをとにかくプラスに、逆に自分の得意分野に変えようと思ってやってきて、実際プラスに転じたし、今ではこれを生業にしています」
「自分が学んだことやQOLを上げるために実践してきたこと、僕と同じようにどん底を味わっても人生はプラスに転じられるんだということを、他の患者さんたちにも広く伝えていきたい」
「腎不全であると診断されてから結婚した妻との間に、3人の子どもがいます。今年50歳になりますが、動脈硬化も進んでいるし、多分普通の人より寿命は短いだろうと思っています。後どれだけ生きられるかわからないけれど、父親として子どもたちに恥ずかしくないことをしたいという思いもあります」
「病気はマイナスかもしれません。だけどここで知り得たことは人生を豊かにしてくれました。そしてこれから、人の人生も豊かにしてあげられるのではないかと思っています」
途上国の患者の治療を支援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、旅行透析と8/9(月)〜8/15(日)の1週間限定でキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が旅行透析へとチャリティーされ、途上国で透析が必要な子どもをはじめとする患者さんたちの透析費用として活用されます。
JAMMINがデザインしたコラボデザインには、腎臓と形のよく似たそら豆を描きました。互いに肩を並べ成長するそら豆の姿は、団体の活動を通じ、国境をも超えて透析が必要な患者さんたちが手を取り合い、豊かに生きる様子を表現しています。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!
・透析が必要になっても自分らしい暮らしをあきらめない。当事者として情報を発信、途上国の患者にも支援を〜一般社団法人旅行透析
山本めぐみ:JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。2014年からコラボした団体の数は360を超え、チャリティー総額は6,000万円を突破しました。