重い病気と闘う子どもたち一人ひとりの夢をかなえる手伝いをしてきた「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」。1980年にアメリカで発足し、1992年から始まった日本での活動は、今年30周年を迎えました。「一人ひとりが未来に向かえる願いを引き出すお手伝いができたら」。活動について、話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

「『病気だからできない』ではない関わりをしたい」

「子どもたちは皆、願う気持ちを持って、ワクワクしたりドキドキしたり、夢をみてほしい。小さな願いを持つことが、今日や明日を生きる力につながるからです」と話すのは、公益財団法人「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」事務局長の鈴木朋子(すずき・ともこ)さん。

「メイク・ア・ウィッシュ」は世界に39の支部があり、日本で活動をスタートして今年で30周年になりますが、「病気のことには触れないというのが私たちのルール」と鈴木さん。

「『何がしたい?』『どんなことが好き?』…、病気とはまったく関係のない、子どもとしての当たり前の会話ができるというのも一つ、私たちの存在価値なのかもしれません。世界中のメイク・ア・ウィッシュは皆、『思い出づくりではなく、願う気持ちを応援しよう。夢に向かう過程を大事にしよう』という同じ思いで活動しています」

団体は1980年、白血病と闘うクリスくん(当時7歳)の「警察官になりたい」という夢をかなえたことがきっかけで、アメリカで設立された。「夢をかなえた5日後にクリスくんは亡くなりましたが、夢の実現に関わった人々は『難病のため夢をかなえることができない子どもたちがほかにもいるに違いない』と団体を設立しました」

「一人ひとりと話していると『もっとこうしたい』『次はこれがしたい』と、どんどん新しい願いがキラキラと生まれてくるんです。願う気持ちがもたらす力を、子どもたちやご家族から教えてもらいました」

「私たちは、願いを実現するまでの過程を『Wish Journey(ウィッシュ・ジャーニー、願いの旅)』と呼んでいます。団体に申し込んでくださって、『どんな願いごとがある?』と話すところから、ウィッシュ・ジャーニーがはじまります」

「一緒に楽しい時間を過ごしたい、楽しい旅にしてほしい。なぜなら、願う気持ちを持つことが、日々の喜びや豊かさにつながっていくから。この旅が終わった後も、また次の新しい願いに向かって、自らの意志で未来を歩んでくれたらと願っています」

「夢をかなえた時の楽しい思い出が、今でも家族の中心にある」

夢をかなえた松尾夢華さん。シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルのチャペルでの家族写真。青いドレスを着ているのが夢華さん、その左がお話を聞かせてくださったお母様の南美江さん

2019年、18歳の時にメイク・ア・ウィッシュで「ミッキーマウスと、赤いドレスを着て写真を撮りたい」という夢をかなえた松尾夢華(まつお・ゆめか)さん(享年18)。お母様の南美江(なみえ)さんに夢をかなえた際のお話を聞きました。

「夢華が18歳になる誕生日の前の日、2月の頭に、メイク・ア・ウィッシュさんにお電話しました。その後とんとん拍子で話が進んで、5月には家族そろってディズニーランドへ行き、夢をかなえていただきました」

ディズニーランドでの一枚。ご家族の皆さんと。「夢華が遺したメッセージには、『家族と旅行ができたという事、夢をかなえる時に家族がいるということは、とても心強かったし、時を一緒に過ごせたこと、本当に幸せでした』とありました」

「その時に夢華には内緒でもう一つ、宿泊してお世話になったシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルさんのご好意で、サプライズ企画もご用意してくださったんです。『ホテルのチャペルでドレスを着て写真を撮りませんか』と。東京滞在の2日目に、本当にサプライズで、夢華は朝からドレスを選び、プロの方にヘアメイクもしてもらって、家族皆で撮影しました」

「この時の笑顔は、彼女の最高の笑顔だったと思います。夢華は2020年1月、家族が見守る中で亡くなりましたが、今でもこの写真やこの時の思い出が、家族の中心にあります。告別式には、何の迷いもなくこの時に撮った写真を使わせてもらいました。本当に良い笑顔で、お参りに来てくださった皆さんが写真を見て、『これ、どうやって撮ったと?』と聞いてくださるんです」

「お母さん、泣いてはダメね。前向きに、ポジティブにいかんばね」

闘病中の夢華さん。「2015年4月に発症、2020年1月11日に逝去。闘病生活は約5年にわたりました」

「夢華が亡くなった今でも、彼女に支えられていると感じる」と南美江さん。

「中学3年生、15歳で骨肉腫(骨のガン)がわかり、それを告げられた帰り道で、彼女は『お母さん、泣いてはダメね。前向きに、ポジティブにいかんばね』と言いました。その言葉の通り、約5年間の闘病生活の間、彼女は常に笑顔をたやさず前向きでした。夢華が遺していってくれたものが今も家族といつも一緒にあって、支えられていると感じています」

「夢が実現できただけでも大喜びだったのに、亡くなって丸2年が経つ今でも、こうやって夢華のことを話す機会をいただいたり応援の声をたくさんいただけたりするのは、彼女が持っている力だと思います」

「2019年のメイク・ア・ウィッシュさんの事業報告書の表紙には、夢華の写真を使っていただきました。送っていただいた表紙を見た時に、まるで夢華が私たちのところに帰ってきたように感じました」

友達とおしゃべりしたり、部活に打ち込んだり…。「当たり前」の生活のために努力した夢華さん

スポーツ万能だった夢華さん。「走ることが大好きで、バスケを小学校、中学校と頑張っていました。中学では駅伝の選手にも選ばれていました」

女子バスケ部のキャプテンをしていた中学3年生の2015年4月、足の痛みを訴えた夢華さん。近くの病院を受診すると大きな病院を紹介され、骨肉腫であることがわかりました。

「中学最後の体育祭に出た後、5月に入院し、治療に専念しました。3ヶ月にわたる抗がん剤治療で腫瘍が小さくならず、9月には左足を切断しました。その後、15時間にも及ぶ、切断したひざに足首をつける左膝回転形成術を受けました」


「義足を作り、リハビリに励みました。明るかったですね。切った足を見て『かわいいでしょう!』と。高校受験も控えていたので、病室で受験勉強しながら『みんなと一緒に卒業する。みんなと一緒に、自分の足で歩いてステージに上がり、卒業証書をもらう』ことを目標に、芯強く前を向いてがんばっていた姿が印象に残っています」

笑顔を絶やさなかった夢華さん。「病室で、姉と弟と一緒に。『前向きに、ポジティブにいかんばね』、その言葉のとおり、夢華は常に笑顔をたやさず前向きでした」

「高校入学後、転移がわかり入退院が続きました。抗癌剤治療で髪も抜けましたが、本人は『大丈夫』と。『お母さん、学校へ行っていいと?』と聞くんですね。『いいとよ。入学しとっとやけん』と答えると、まっすぐに前を向いて、玄関で見送る私に振り向くことなく力強く学校へ向かっていきました」

「高3の時が一番元気で、私たちも『このまま元気になるんじゃないか』と思っていました」と南美江さん。ボート部の選手として、高校総体にも出場するほどだったといいます。

「ごくごく当たり前の高校生活を楽しむために、『そのためには自分の足で歩けないといけない』と本当にがんばっていました。しかし進路を決める頃には、肺への転移が見つかりました。担当医の先生からは、年を越せないかもしれないと」

「さすがにそれは本人には伝えられませんでした。『今のうちに何かできることを』と、メイク・ア・ウィッシュさんに応募しました」

信じる力の小さな積み重ねが、やがて大きな力になる

「私が一番好きな写真です。シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルさんでの撮影の際、花束を渡したときにふと振り返った表情がとても気に入っています」

「夢華が今も、皆の夢を輝かせてくれているように思う」と南美江さん。

「うまくいえないけど、夢は見るものじゃないというか、かなえてこそはじめてあるものというか。『明日が来る』こと、『明日も生きている』ことは決して当たり前ではないんですよね。朝起きて、『おはよう』といえて、一緒にご飯をたべたりおしゃべりしたり、そんな小さなことが奇跡なんですよね」

「明日が来ることが信じられて、『明日はこれがしたいな』とか『明日はこうしてみよう』と前向きに思えることが、夢の第一歩なのかなって。当たり前の普通のことが、実はすごく幸せなのだということを、夢華が教えてくれました」

夢華さんの遺影を手に。「夢華は今も家族の中心です。彼女と過ごした時間や彼女の存在が、いつも家族の中にあります」

「病気というくくりがあると、どうしても『悲しい、寂しい、かわいそう』という力が大きく感じますが、『大丈夫、前を向こう』という信じる力の小さな積み重ねが、やがて大きな力になるし、夢につながっていくのかな」

「…そういう意味で、夢華は夢を見る力がすごく強かった。どの写真も本当に笑っているから、亡くなってしまったけれど、私たちも前を向いて、笑っていようと思います。

今でも彼女は『夢はかなうんだよ』と教えてくれていると感じますね」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」と4 /25〜5/1の1週間限定でコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、子どもたちの願いをかなえるための資金として活用されます。

「JAMMIN×メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」1週間限定販売のコラボアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもパーカー、バッグなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、本から飛び出すたくさんの願い事を描きました。まるで本のページをめくるように、新しくやってくる今日という1日。つらく悲しいことがあっても、夢と希望に満ちた願いが、今日を豊かにしてくれるという思いを表現しました。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

「願う気持ちが、明日につながる」。重い病気と闘う子どもたちの夢をかなえるお手伝い〜公益財団法人メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン

山本めぐみ(JAMMIN):
「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は7,000万円を突破しました。

ホームページはこちら
facebookはこちら
twitterはこちら
Instagramはこちら