「高次脳機能障害」を知っていますか。事故や脳梗塞、脳卒中などが原因で脳が損傷し、感情や注意、記憶障害が現れ、コミュニケーションや生活に支障をきたす障がいですが、軽度の場合、一見障がいが見えづらく、当事者はさまざまな壁にぶち当たると言います。 (JAMMIN=山本 めぐみ)

高次脳機能障害者の声を発信

2018年に高次脳機能障害を発症した早野満紀子さん。失語症や注意障害、記憶障害がある。「電気やエアコンの消し忘れが多く、出かける前に指差し確認をしています。それでも忘れますが…」。写真は「BEST OF MISS AICHI 2021」に出場した際の一枚。「私がミスコンという表舞台に出ることで、高次脳機能障害を知ってもらえたらと出場しました」

大阪を拠点に活動するNPO法人「Reジョブ大阪」。「見えない障がい」と言われる高次脳機能障害者や失語症者の社会復帰と家族への支援活動と、脳損傷者への正しい理解を広めるための活動を行っています。

「軽度の高次脳機能障害の場合、正しいリハビリで多くは回復できます」と話すのは、代表理事で言語聴覚士の西村紀子(にしむら・のりこ)さん(52)。コロナ前は当事者会や講演など、リアルな集まりをメインに活動していましたが、現在はオンラインに特化して活動しています。

「リアルな場での当事者会をやっていた頃から、適切な支援やリハビリを受ければ回復の可能性があるにもかかわらず、それが難しく、日常生活や就労に戻っていくことが難しい、軽度の高次脳機能障害の方たちが置かれた状況に大きな課題があると感じていました。現在は、軽度の高次脳機能障害者に特化した支援活動を行っています」

脳の損傷により、それまでできていたことができなくなる

お話をお伺いした西村さん(写真左)、松嶋さん(写真右)

「同じ高次脳機能障害のある方でも、重度か軽度かで課題はまた異なってきます」と話すのは、団体理事の松嶋有香(まつしま・ゆか)さん(56)。

「重度の場合は、言葉を発すること自体が難しかったりして、そこにも課題はありますが、一方で言葉も話せて普通に会話ができる軽度の場合、適切なリハビリやサポートがあれば社会復帰が可能であるにもかかわらず、それができていません。また、この障がいへの認知度が低く、必要な方に必要な支援が届いていないという現実があります」

「重度と大きく異なる点として、『診断がつきづらい』ということが問題です。軽度の場合、お医者さんが症状を見過ごしてしまい、診断がつかないまま日常生活に戻ってしまうというケースが少なくありません」と西村さんも指摘します。

2000年に高次脳機能障害を発症した島本昌浩さん。片麻痺と半側空間無視(左右どちらかの空間が認識できない状態)がある。「左側が認知できず、段差でつまずくなど移動のときに苦労します。パソコンのモニターの左側の文字を見落としてしまうこともあります」

「病院内であれば、特に困ることもなく生活できていたかもしれません。しかしいざ病院を一歩外に出て、実際に自分の生活に戻った時や職場に復帰した時に、それまではごく当たり前としてできていたことができなくなっていると気づくのです」

「たとえば会議のメモを取る、人の顔と名前を一致させて覚える、企画書を作る、周囲に雑音が多い中でも複数の人との会話の内容を理解する、不測の事態がありながらも予定していた業務を行うなど、今まで当たり前にできていたことに困難を感じます」

「脳のどの部分を損傷したかによっても症状の濃淡は変わってきますが、『なんでこんなにできないんだ?』ということに気づくのです。当事者がどのような仕事に就いているかによっても顕在化してくる困りごとは変わってきますが、いずれにしても、それまで当たり前にできたはずのことができないことは、本人にとっても大きなストレスや苦悩となります」

自信を見失い、ストレスを抱え、鬱や引きこもりなどの二次障害も

1994年に高次脳機能障害を発症した北川千恵美さん。高次脳機能障害と認定されたのは4年前で、それまでは健常者として生活していた。脳挫傷、急性硬膜下血出、頭蓋骨骨折、外傷もあり右前頭葉が収縮していて、記憶障害が強いという。「自分を偽ることが一番疲れました。今も仕事はハードルが高いです」

「さらに、こういった困りごとの原因が脳損傷による障がいであるにもかかわらず、それを知らないことで、本人も周囲も、できないことを『本人の落ち度』と捉えてしまうところに大きな課題が潜んでいます」と二人。

「自信を失って自分を肯定できなくなり、過大なストレスを抱え、些細なことで怒る、気分が落ち込んで鬱病になるといった二次障害を招いてしまいます。周りからは『性格が急に変わった』と思われて、離婚したり友人が離れていったり、仕事をやめてしまう、引きこもりがちになるということも少なくありません」

「二次障害によって、状況がますます悪化してしまうケースがたくさんあります。そうなる前に、いかに状況の悪化を食い止めることができるか。『これは脳の損傷による障害であって、その人のせいではない』ということを、ご本人にも周りのご家族や職場の方にも、正しく理解してもらう必要があるんです」

2010年に高次脳機能障害を発症した阿部類さん。原疾患のもやもや病による脳出血は2002年。記憶障害、注意障害、遂行機能障害、こだわりの強化、右半身の感覚鈍化、右上4分の1の視野障害がある。「見た目も会話も健常者と変わらないため、障害があることを『言い訳』と切り捨てられてしまいます」

「私が知っている方の中には、電車に座っていた時に、上の網棚から落ちてきた水筒に当たって脳を損傷し、高次脳機能障害が残ったという方がいました。二段ベッドから落ちて、その日を境に右と左がわかりづらくなったという方もいます。つまりいつ何時、誰にでも起こりうることなのです」と松嶋さん。

「症状から、発達障害や若年性アルツハイマーと比較されることもありますが、発達障害は生まれつきで、高次脳機能障害はある日を境に発症します。若年性アルツハイマーは症状が進行していくのに対し、高次脳機能障害は適切なリハビリを受けることで回復します」

「この障がいへの認知が低いために『未診断・無支援』の状況に陥る方が少なくない状況で、適切なリハビリにたどり着くことができる人自体が少ない現実があります。我々はそこが、その人がその後の人生において、自分を大切にしていくことができるかどうかの『川の大きな分かれ目』だととらえています」


「それまでできていたことができなくなる、それは確かに大きな喪失です。しかしそこで、その人のアイデンティティそのものまで失ってしまうと、大きな悪循環にはまってしまう。

中途障害(人生の途中で、ある日突然障害を持つこと)の強みは、それまでの習慣や経験からできる部分を生かしながら、できない部分を補っていけること。支援の質を上げ、また正しい知恵が届けば、本人も周囲も、工夫しながら生きていくことができるのではないでしょうか」

当事者と専門者がタッグを組んだ「チーム脳コワさん」

ルポライターとして活躍していた中、2015年に高次脳機能障害を発症した鈴木大介さん。現在は当事者として発信を続けている

2021年2月からは、職場復帰した当事者の声を発信する冊子を定期的に発行しているReジョブ大阪。そのきっかけは、当事者である一人の男性との出会いでした。

「裏社会や触法少年少女らの生きる現場などを中心としたルポを主なフィールドに活躍されていた、ルポライターの鈴木大介さんという方に出会いました。鈴木さんは2015年に脳梗塞を発症し、高次脳機能障害の当事者となったことをきっかけに、それまでは取材する側だった『生きづらさ』を抱えた人の声を発信したいと、現在は作家として活躍されています」

鈴木さんとともに「チーム脳コワさん」というプロジェクトをスタート。当事者の声を集めた冊子の発行や、専門職向けのオンラインセミナーを開催しています。

「『脳コワさん』とは『脳が壊れた人』のこと。発達障害のある鈴木さんの妻が、鈴木さんに『脳コワ仲間だね』と声をかけた、その一言が由来です。世の中にはたくさんの『脳コワさん』がいるのに、必要な支援が届いていない。当事者と専門職とが一緒に手を組み、同じ課題に取り組んで次のステージを目指そうとプロジェクトをスタートしたんです」

「本人が必要とされ、感謝され、経済的にも自立できるのは就労だけ。だからそこを支援したい」

言語聴覚士として、多くの軽度の高次脳機能障害者の社会復帰を支援してきた西村さん。現在の医療・介護保険で取り残されている高次脳機能障害や失語症のある方の生活、そして家族支援をしたいと起業。オンライン言語リハビリ「ことばの天使」を行っている。写真はオンラインによるリハビリの様子

「軽度の高次脳機能障害の困りごとが、まだまだ知られていません」と二人。

「この活動をしていると、『退職したあの人、もしかしたらそうだったかもしれない』『亡くなった旦那が、脳卒中を起こした後に人が変わったみたいになってしまったけれど、もしかしたらそうだったかも』『事故のあとに、突然勉強ができなくなった学生さんがいたけど、もしかしたら障害のせいだったかも』、そんな話を良く聞きます」

「周囲の人たちが、このような障害があるということを知っていれば、当事者の方たちの未来の可能性も広がっていくのではないでしょうか」

「働ける人、働きたいと思っている人には、健常といわれる人たちと同じように働く機会がある日本社会であってほしい。働ける人、働く意志がある人が働くことができる環境は、本人やご家族にとって、また社会にとってもプラスだと思うんです」

「就労は、自分が社会参加できて、なおかつお金が稼げる唯一のもの。責任を果たし、周りから必要とされ感謝されて、経済的にも自立できるのは就労だけです。だから、これからもその支援をしていきたいと思っています」

「驚くような生きる力を秘めた人たちが、生かされる社会に」

理事の松嶋さんは、当事者の下川眞一さんの手記を出版する際に、西村さんから「手伝ってほしい」と声をかけられたことがこの世界に入るきっかけだった。手記を手にする下川さん(写真左)と

「以前、全く支援のない状態の男性のお仕事を手伝ったことがありました」と松嶋さん。

「会社の社長をされていたのですが、高次脳機能障害になって家族ともうまくいかず、社長も辞められました。それはその方に『障害が起きた』んじゃなくて、日本と人間のあいだにある障がいの壁に、その方がぶつかってしまったということだと思うんです。障がいはその人にあるのではなく、社会にあるんです」

「皮膚は傷ができても再生しますが、脳は一度損傷すると、その部分の細胞は戻りません」と西村さん。


「だけど不思議なことに、他の部分が損傷した部分を補おうとしたり、取り戻そうとしたりする力が大きく働くんですね。それと同じように、脳に障がいを負った後、それに負けないような生きる力にあふれた方たちがたくさんいます。そういう方たちから、私たちが勇気をもらうこともたくさんあります」

「決してかわいそうな人ということではなく、にっちもさっちもいかないところから這い上がる力を秘めた、驚くような強さを秘めた方たちです。だからこそ、本人もですが、この方たちが活かされないことは社会の損だと思うんですね。一人ひとりが活きる、高次脳機能障害がある方たちも活きる社会を目指していきたいと思っています」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は7/11〜7/17の1週間限定で「Reジョブ大阪」とコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、団体の活動資金として活用されます。

1週間限定販売のコラボアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもパーカー、バッグなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、茎でつながるさまざまな花を描きました。よく見ると、その形は脳。脳を損傷しても、人と再びつながることで新たな人生の花が咲いていく様子を表現しています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね!

「見えない障がい」、高次脳機能障害者の社会復帰を支援する〜NPO法人Reジョブ大阪

「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は7,000万円を突破しました。

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