「身体障害者補助犬法」施行から20年の今年。盲導犬・介助犬・聴導犬の3つの犬たちの引退後の暮らしを、皆さんご存知でしょうか。「自分たちのためにこんなにも支えてくれた子たちが、現役としての役目を終えた後、愛情に包まれた第二の人生を過ごし、そして穏やかな最期を迎えられるように」。20年前、盲導犬ユーザーだった当事者が「引退補助犬のために」と立ち上げた団体があります。(JAMMIN=山本 めぐみ)
引退補助犬の余生をサポート
奈良県葛城(かつらぎ)市を拠点に活動するNPO法人「日本サービスドッグ協会」。補助犬(盲導犬・介助犬・聴導犬)とその繁殖犬など、働きを終えた引退犬の余生をサポートするために、支援金の支給や介護用品の貸し出しなどを行っています。
「犬も人と同じように、年をとるとやがて体力が落ち、いずれ旅立っていきます。その過程で、人間のために頑張って活躍してくれた犬たちが、豊かに老後を過ごせるためにはどのようなサポートが必要か、その時期その時期に応じた支援をさせていただいています」と話すのは、理事長の谷口二朗(たにぐち・じろう)さん(66)。
谷口さん自身、40代の時に難病により視力を失いました。失意の中で迎え入れた盲導犬の「サファイア」は、谷口さんのその後の人生を180度変えてくれたといいます。
サファイアが現役を引退した後、15歳でがんで亡くなるまでを共に過ごし、看取った谷口さん。「体力的にも経済的にも、引退犬を引き取るボランティアはすごく大変。引退犬たちのために、何か少しでも役に立てたら」と活動への思いを語ります。
日本サービスドッグ協会では、歩くことが難しくなった子に補助のバギーを貸し出したり、寝たきりになった子のために床ずれ予防マットやおむつを届けたりしているほか、病気の治療費の支援や、引退犬を介護するボランティアさんが行き詰まってしまうことがないようにと随時電話相談等も行っています。
また亡くなった後、希望すれば、引退犬のために建立した慰霊碑(宝塚動物霊園奈良分院)に入ることもできます。
「慰霊碑は、親やきょうだい、またキャリアチェンジ犬や活動協力犬の納骨も受け入れています。補助犬として育てられると、どうしても親きょうだいと離れ離れで暮らすことになってしまいますが、お墓でまた家族に再会し、安らかに眠ることができます」
引退後については、育成する施設によっても捉え方が異なる
「活躍する補助犬がいるということは当然、引退する補助犬がいるということを意味します」と谷口さん。
「盲導犬の場合は、1歳で訓練をスタートして、2歳ごろに盲導犬デビューします。私の二代目のパートナーの『レフ』は1歳10ヶ月、最初のパートナーのサファイアはやや遅めで、2歳3ヶ月で盲導犬デビューしました。その後、大体10歳をめどに引退の声がかかります」
「人間と同じように犬も年老いていくので、反射神経や判断能力の衰え、視力や聴力の低下などがあるかもしれないというリスクも踏まえて、そのあたりが引退のタイミングとなっています。ただ、ユーザーとして感じるのは、10歳はまだまだ若い。初代パートナーのサファイアとは、13歳まで一緒に歩きました」
「私たちはサファイアを引退後も引き取るつもりだったので、13歳まで現役で一緒に歩くことができましたが、10歳で引退という根拠として、まだまだ元気なうちに次の新しいお家に行って、そこで新しい飼い主さんとたくさん十分に親睦を深め、愛される家族の一員となって、自然なかたちで介護してもらえる関係を築くということもあります」と谷口さん。
ではユーザーが引き取る以外には、引退後の犬たちはどうしているのでしょうか。
補助犬の育成施設は日本全国にありますが、育成している施設によって、引退後の捉え方は異なります。また盲導犬・介助犬・聴導犬それぞれによっても、事情が異なるところがあると谷口さんは話します。
「私の場合は家族がいたので、最期を看取ることができました。ここは本当に、ユーザーさんの事情やご家族の事情によってかわってくるところもあります」と谷口さん。
「介助犬や聴導犬の場合は盲導犬ほど外に出る頻度が高くないので、引退後も元のユーザーさんが引き取るケースも少なくないようです。ただ盲導犬の場合、ユーザーに視覚障害があって犬の様子がわからないこともあるため、介助がどうしても難しく、引退後は『引退犬ボランティア』に委託することがほとんどです」
さらに、育成施設によっても対応は異なるといいます。
「補助犬ユーザーにとって、補助犬は育成した施設から借りているかたちになります。引退後についてはその施設(協会)に権限があって、ユーザーがその後の生活に関わることが難しいところもあれば、自分のパートナーだった犬が引退後にどこで、誰のもとで過ごしてほしいか、ユーザーが権限を持って決められるところもあります」
「また、引退犬にかかる諸々や医療費を支援しているところもあれば、していないところもあります。あるいは、引退犬の定義も施設によってまちまちです。補助犬として5年以上のキャリアがない場合は、引退犬として認められないケースもあります」
自治体などの支援はないのでしょうか。
「補助犬育成に関しては支援がありますが、引退後については何の支援もありません。補助犬の引退後に特化して活動しているのも、全国で私たちだけです」と谷口さん。
「活動を続ける中で、少しずつですがネットワークが広がり、個人や企業が協力してくださって、私たちが引退ボランティアさんに貸し出したりお届けできる介護用品も増えてきました。活躍する補助犬の影に隠れて引退犬がいるということを、少しずつですが知っていただいている実感はあります」
視力を失い、失意の中にあった時に、サファイアが生活を180度変えてくれた
40歳半ばで難病のために徐々に視力を失い、50歳を前に盲導犬を迎え入れた谷口さん。「それまでできていたことが次第にできなくなり、次第に引きこもりがちになっていた。それを、最初の盲導犬のサファイアが救ってくれた」と振り返ります。
「サファイアは、『どうでもいいや』と思っていた私の気持ちを、くるりとひっくり返してくれた。『この子ともっと出かけたい』『次はどこへ行こう』『この子のためにも元気でおりたい』…、サファイアが、生活にハリを取り戻してくれました」
「視力は失いましたが、この子がきてくれて、新しい目が来た感じ。この子と二人でなら、好きな時に、どこへでも歩けると思いました。それまでは誰かの肩を持ってゆっくり歩いていたり、一人で歩いてしょっちゅうケガをしたり溝に落ちたりしていたのが、風を感じながら、障害物をよけてスッスッと誘導してくれて、不安がなくなりました」
「会話ができるわけではないのですが、僕らの言葉や感情を不思議と理解して、いつも側に寄り添ってくれました。夫婦共にガンと闘うことになりましたが、サファイアがいつも笑顔にしてくれました。いろんな悲しみもいつも吹き飛ばしてくれた大切な存在、我が家の頼れる長男坊でした」
夫婦の結婚記念日を見守るようにして、その翌日に亡くなったサファイア
サファイアが13歳と7ヶ月で現役を引退した後は、二代目として迎え入れた盲導犬「レフ」も交え、生活を共にしていた谷口さん。しかし引退から9ヶ月後、サファイアの上顎にがんが見つかります。
「最初は鼻筋がぽこっと小さく腫れ、歯茎に炎症があるかもしれないという診断で、抗生物質を処方してもらって治まりました。しかしまたぽこっと腫れてきて、CTを受けたら腫瘍ですと。細胞診を受け、悪性腫瘍であるとわかりました。ラブラドールレトリバーには非常に多く見られる病気です」
「ちょうど私も入院している時期だったのですが、『この子のためにできることはすべてやろう』と思いました。抗がん剤治療や化学療法、最新の治療法…、できることはすべてやりました。1日でも元気におってほしい、1日でも長く自分たちのところにおってほしいという気持ちでした」
日本で数名しかいないという名医の先生を紹介してもらい、腫瘍を切除する手術を受け、一時期は寛解といわれるまでに元気になったサファイア。しかし8ヶ月後、再発がわかります。
がんは脳に転移し、てんかん発作などの症状も出るようになりました。食欲も失せて痩せ細り、活発な頃は31キロあった体重が、20キロを切るようになっていたといいます。
そして、谷口さん夫婦の結婚記念日である11月21日を見守るようにして、その翌日、2016年11月22日の午前3時ごろ、サファイアは静かに亡くなりました。
「11月22日は『良い夫婦の日』ですよね。『良い夫婦になれよ』というサファイアからの最後のメッセージだったのかなと思っています。彼がいてくれたことで、視力を失って真っ暗だった私の人生がどれだけ変わったか。彼がつないでくれた仲間・親友・・・彼の思い出と共に、心から『ありがとう』の言葉しかありません」
「引退犬ボランティアは、いのちのボランティア」
「サファイアの看取りを通じて、私は『引退犬ボランティアはただの犬を見るというボランティアではない。いのちのボランティアだ』ということを改めて痛感しました。引退犬ボランティアをしてくださっている方たちに、頭が下がる思いです」
「病気をして1年ほど寝込む子もいます。ボランティアの方は24時間、ご家族交代で介護をされています。いくらがんばろうと思っても、心身的な負担も、経済的な負担も大きいです。周りから支えてもらわないと、自主努力だけではどうしようもできないことがあります」
「長くは生きられないかもしれない、すぐに病気や寝たきりになるかもしれない。それもすべて受け入れて引退犬を迎え入れる。これは決して、きれいごとや世間体、簡単な気持ちだけでできるものではありません」
「サファイアの闘病も、サポートしてくれる仲間や当協会の支援により本当に助けてもらいました。ただただ感謝しかありません。この活動の大切さを自分の経験により改めて思い知りました。補助犬としては引退しても、そこから始まるその子たちの第二の人生があります。ぜひそのことに思いを寄せて、引退犬の第二の人生を応援していただけたら嬉しいです」
団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン
チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は10/3〜10/9の1週間限定で日本サービスドッグ協会とコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。
JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円が団体へとチャリティーされ、引退補助犬の余生を支えるために、歩行が難しくなった子を乗せることができるバギーの購入費、また引退犬の暮らしや医療を支える支援金として活用されます。
JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、じゃれあって遊ぶ引退補助犬と子犬の姿。2匹が加えているリボンは、次世代へとつながれていく愛のバトンを表しています。
JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中。こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。
・目や耳、手足となり活躍した補助犬。現役を引退した後も、愛情に包まれた穏やかな暮らしと最期のために〜NPO法人日本サービスドッグ協会
「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は7,500万円を突破しました。