東京・世田谷にある「夢育て農園」。知的発達障害のある若者を中心に、志をもつ人たちが集まって土に触れ、耕し、ともに野菜を育てています。「障がいがある人も夢を持ち、成長し続けられるということ、心豊かな人生を生きられるという希望を発信したい」。息子をきっかけに、「夢が人を育てる」ことに気づいた一人の父親が、仲間とともに活動しています。(JAMMIN=山本 めぐみ)

「やる気は、家庭で育てて来てください」
福祉事業所で言われた一言がきっかけでNPOをスタート

夢育て農園の畑作業の様子。大きな空の下、障がいのある人もない人も、皆で交わって作業する

NPO法人「ユメソダテ」は、東京都世田谷区桜丘にある「夢育て農園」から、知的発達障がいがあっても夢を持ち、成長し続ける喜びを発信しています。

代表の前川哲弥(まえかわ・てつや)さん(61)は、「夢を持つことができれば、誰しもが主体的に成長できる」と、豊かな人間関係を育むことで夢を育て、成長し続ける場所として、この農園をスタートしました。

「周囲の人たちとの豊かな人間関係が夢を育て、夢に向かい、自ら成長しようとするエネルギーになっていく。畑は作業の具体性が高く(抽象度が低く)、何に役立つかがわかりやすく、多様な仕事があって、自然に囲まれて心が開く素晴らしい場所」と前川さん。作年10月に夢育て農園を開園し、無農薬・無化学肥料で多品目の野菜を育てています。

この活動を始めたきっかけは、知的障害のある息子の怜旺(れお)さん(19)の存在でした。

「息子が中学生ぐらいの時、『将来お世話になるだろうから、福祉事業所を見て回っておこう』といろんな事業所を訪れていた時に、ある施設でハッとすることを言われたんです。『私たちが教えられるのは仕事だけで、やる気は教えられない。本人のやる気は、家庭で育ててから連れてきてください』って」

お話をお伺いしたNPO法人ユメソダテ理事長の前川哲弥さん。 京都大学農学部卒、 パリ国立農学院経営学修士(現AgroParisTech)。 農林水産省、経済協力開発機構(OECD)環境局に勤務したのち、丸嘉運輸倉庫株式会社代表取締役

「見渡してみたら、皆同様にやる気がなくて、笑顔のない人たちばかりでした。どうすれば知的障がいのある本人が、受け身ではない、主体的な人生を送ることができるのかというのが、活動の原点。『夢や希望があれば、主体的に生きられるのではないか』と、夢や希望を育てるNPOを立ち上げました」

「夢は、感動体験を身近な大人に語るところから始まり、周囲から社会を教わることで個性や現実感が生まれ、進化し、深まり続けるものです。しかし知的発達障がいのある人は、夢の成長に不可欠な人間関係自体が乏しくなりがちで、夢が進化しなかったり遅かったり、場合によっては夢を持つことさえなかったりするのです」

「人と交わり、様々な経験をすることで世界を広げ、出会った興味のあることや好きなこと、憧れていることを、夢や希望にまで育てていきたい。そう思いながら活動に取り組んでいます」

専門的な理論を取り入れ、成長を後押し

ブレインジムを実践する農園の受講生たち。「ブレインジムの体操を繰り返すことで体を上手く使えるようになり、認知発達の基礎をつくることができます」

夢育て農園では、知的障害のある人の成長を後押しする、専門的な理論を取り入れて活動をしています。

「知的発達障がいのある人は、身体の使い方が苦手な方が少なくありません。認知発達の基礎は身体発達なので、身体の動きを改善するために『ブレインジム』というエクササイズの専門家に指導いただき、身体の使い方の改善を図っています」

「知的障がいのある人は、『認知発達が遅れていて、成人すると成長しない』と言われていますが、そんなことはありません。通常の人が気づかずに乗り越えているようなところでつまずいているに過ぎないのです」

さらに、イスラエルの教育心理学者であるフォイヤーシュタイン博士の理論も取り入れています。

「外界の情報を選択的に入手すること、言葉や概念を用いて頭の中で考えること、ワーキングメモリーを向上させること、ものを比べること、分類すること、時間の観念を育てて計画すること…等々を身につけるために、フォイヤーシュタイン博士の理論と教材を取り入れています」

農園の受講生は、ブレインジムの体操やフォイヤーシュタインの座学で学んだことを、畑での具体的な作業を通じ、身につけていきます。

「知的発達障害のある受講生に2022年10月にアセスメントを行い、改めて2023年4~6月に再度アセスメント行った結果、視空間知覚・構成機能と非言語性視覚記憶、非言語性推理能力などが成長していることを定量評価することができました」

さらに、定期的なアセスメントによって、本人の中でどの認知機能がどのぐらい伸びたのか、次にどの認知機能にターゲットを絞り、どう伸ばしていくのかといったことを明確にし、本人だけでなく家族や所属している福祉事業所とも共有しながら活動しているといいます。

「知的発達障がいのある人には、全体の構造をとらえることが苦手、いわば『木を見て森を見ない』という人が少なくありません。しかしプログラムの中で手がかりを見つけ、部分と全体の両方を見るためのトレーニングを経たことで、次第に『部分が全体を構成している』という構造を理解し、全体像も部分も明確に認知できるようになってきます」

「このような成長をもっとたくさんの人に知ってもらえたら、『障がいがあるから成長しない』という固定概念を払拭していけるのではないか。小さな成長かもしれませんが、本人にとってこの小さな成長は、人生の質を劇的に改善します。夢や希望に向けて主体的に生きていくための武器を手に入れることになるのです」

「諦めなければ、必ず希望がある」

夢育て農園で鍬振りを練習する受講生

前川さんが活動にフォイヤーシュタイン理論を取り入れたのは、息子の怜旺さんの実体験からでした。中学生の時にフォイヤーシュタインの教室に通い始めた怜旺さんは、それまでどれだけ教えても理解しなかった左右を理解し、時計も読めるようになったといいます。

「驚いて、先生にどうやって教えたのかと尋ねたんです。そうすると、たとえば左右の理解については『まずまっすぐ立って、体の真ん中にある縦線=背骨と、それに垂直に交わる横線があるという基準となる枠組みを理解しないと、左右という概念がのる土台がありません。なので、まず縦と横を徹底して教えました。ここまでくれば、基準線を中心として一方を右、他方を左というんだよと教えると、理解することができました』と言われました」

「僕自身も成長の過程で、同じプロセスを経てきたんだろうと思うんです。でもすっかり忘れているから、息子のつまずきが分からなかった。他のことも、認知発達のどこでつまずいているのかにまで迫ることができれば、乗り越える方法が見つかるのではないか。これはいけるのではないかと思いました」

「成長は本人にとっては悦びで、家族にとっては希望」と前川さん。

それまでは、息子に対してイライラしたりがっかりしたり、勇気をなくして諦めたくなることもあったといいます。

「諦めたくなる気持ちは、すごくよくわかります。僕は息子と結構、激しいやりとりもしました。でも、そこで親が諦めてしまったら、親亡き後、我が子が成長軌道をみつけるのはもっと難しくなります。周りの親御さんを見ていても、高校ぐらいまで頑張って、その後力尽き、大人になると本人も親も、諦めてしまう人が多いと感じています」

「『大丈夫、成長できるよ。希望を持って一緒にやりましょう』と伝えたい。僕らの活動は、知的発達障がいのある本人たちだけでなく、親御さんにも見てもらって『諦めなければ、必ず希望がある』と感じてもらえたらと思っています」

「夢を持てたら、最強」

夢育て農園にて、圃場(ほじょう)での作業を、ホワイトボードで絵に描いて伝えているところ

「夢は、人が成長するためのモチベーションを担うもの」と前川さん。

「最初は、荒唐無稽でいいんです。夢があれば、それを目指して努力しますよね。努力すると、見えていた景色が変わります。また人間関係が豊かになると、社会の多様性を知り、夢が進化します。そうして夢がどんどん進化して、より具体的な、地に足の着いた人生の目標に育っていくんだと思うんです」

「息子は今秋二十歳になりますが、高校2年の時にYouTubeがやりたいと言い出して、じゃあやってみようかと、パソコンや編集ソフトなど一式を準備しました。最初は妻がシナリオを書いたり編集してテロップをつけたりしていたんですが、本人は、全部自分でやりたいんですよね」

「自分でテロップを打ちたい一心で、最初はローマ字とひらがなの対照表を拡げ、一字一字探しながら一本指で打ち込んでいました。それが今では、両手の5本の指を流暢に使ってテロップを書いています。ローマ字入力もマスターして、毎週自分で動画をアップしています。チャンネルを立ち上げて17本目からは、毎週自分で作業してアップして、今で250本ほどになりました」

息子の怜旺さんのYouTubeチャンネル、”Leoの一反MOMENチャンネル”の一コマ

「やりたいことのためだったら、本人はローマ字やタイピングを努力して覚えているという意識さえありません。目標を持った時、生活の質が自然と向上されていく。本人にとっては、全然苦じゃないどころか、楽しいんですよね」

「自分で勝手にどんどん登っていくから、『夢を持てたら、最強!』なんです。君はここが劣ってるんだ、君はなぜこれができないんだと言われて、うなだれながらやるのと大違いなんです」

「その時に、たった一人で孤立していたら、夢は進化しません。夢を育てるために、いろんな人と関わることが、とても重要。豊かな人間関係の中で夢を育み、主体性を育んでいく。『皆で夢を育てること』、それが私たちが目指していることです」

「知的障がいがあっても、成長し続けられる」

夢育て農園で採れた野菜を使い、皆でカレーを調理して食べる「カレーの会」。自分たちで育てた野菜を、皆で食べるとまた格別

「『知的に障がいがある成人は成長しない』とズバッとおっしゃるお医者さんもおられます。だけど、お医者さんの言う『成長』と、僕らが求めている『成長』は、もしかしたら次元が違う可能性があります」と前川さん。

「周囲からは微々たるものに映るかもしれません。だけど、本人にとっては人生を大きく変えるような劇的な、インパクトのある成長をしながら、豊かに生きていけるということを、この農園から、もっともっと示していきたい」

「仲間が増え、できる作業が増え、居場所ができて、新しいことにチャレンジして、仕事がどんどん面白くなっていく。知的障がいの重さにかかわらず、幸せな人生を構成するための『成長のベクトル』を持って生きていくことが大事なんじゃないかと思っていて、それが当たり前になるように、ここから広げていきたいと思います」

団体の活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、9/11〜9/17の1週間限定でユメソダテとコラボキャンペーンを実施、オリジナルデザインのチャリティーアイテムを販売します。

JAMMINのホームページからチャリティーアイテムを購入すると、1アイテム購入につき700円がユメソダテへチャリティーされ、農園で継続して活動していくための資金として活用されます。

1週間限定販売のコラボデザインアイテム。写真はTシャツ(700円のチャリティー・税込で3500円)。他にもバッグやキッズTシャツなど販売中

JAMMINがデザインしたコラボデザインには、野菜たちが集まってニコニコと「夢の芽」を育てる様子を描きました。一人ひとりが夢を持ち、それを周りの人たちが喜び応援しながら、互いに刺激を受け、皆が成長できる社会を表現しています。

JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

・「障害のある人が夢を持ち、心豊かに人生を送れる社会を」。夢を育て、人を育てる畑〜NPO法人ユメソダテ

「JAMMIN(ジャミン)」は京都発・チャリティー専門ファッションブランド。「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週さまざまな社会課題に取り組む団体と1週間限定でコラボしたデザインアイテムを販売、売り上げの一部(Tシャツ1枚につき700円)をコラボ団体へと寄付しています。創業からコラボした団体の数は400超、チャリティー総額は8,000万円を突破しました。

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