東日本大震災チャリティー漫画「僕らの漫画」制作委員の一人である前田一聖さん(当時 小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」「月刊!スピリッツ」の編集者)にお話しを伺った。「僕らの漫画」が生まれたきっかけや、その当時を振り返ってもらった。(聞き手・横浜支局=細川高頌・横浜国立大学教育人間科学部人間文化課程3年)

「僕らの漫画」、SNSで集まった漫画家たちによって作られた

「僕らの漫画」、SNSで集まった漫画家たちによって作られた

――「僕らの漫画」が生まれたきっかけを教えて下さい。

前田:そもそもは信濃川日出雄さんという作家さんが中心となって始まった企画です。震災後、あれだけ広い被災地域で、すぐにボランティアに行くこともできないし、基本的には「何もできないな」という気持ちが僕自身にありました。

それでも「何かできないかな」という思いもあって、そんなときに信濃川さんの方から、「実はこんな話があるんですけど、どう思いますか?」と聞かれたのが一番のきっかけです。

始めは、「※アンソロジーコミックスを単行本としてだして、その売り上げを寄付にあてたいと考えています」ってことを言われて、自分も「それはやりましょう!」と答えました。それが決まったのは、震災発生翌日の3月12日から、翌々日の13日です。

――「僕らの漫画」にはたくさんの作家たちが作品を掲載さていますが、どのように作家に声をかけていったのですか。

前田:信濃川さんが僕に声をかけてくださった時点ですでに、何人かの作家さんにはやりたいという意思がありました。そこからヤマシタトモコさんという作家さんと信濃川さんの二人が主体となって一度三人で話し合ったんです。

最初はそのような流れで、そこからどうやって声掛けていこうかという時に、基本的に編集者が声をかけるのはやめた方がいいなということになりました。というのも、普段編集者には、作家さんに「うちで(連載を)やりませんか?」って声をかける仕事もあるんですけど、それをやってしまうと、火事場泥棒のようになってしまうというか、どうしても作家さんにとってプレッシャーになるんですよ。

「今我々はこういう風なことをやって居るんですけど描きませんか?こんな大変なときですし!」って言われると絶対断りにくいでしょ。でも今回この企画に参加しなかったから支援してないってことはなくて、被災地の人に楽しんでもらうために普段の連載をもっと面白くするっていうのも、支援の一つだと思うんです。

あと他の出版社からみれば、これをきっかけに作家さんに声かけてんじゃないの?ってなるだろうし。そうすると、本来の動機である作家さんたち中心で何かがやりたいっていうところが完全にズレちゃうと思ったんです。で、作家さんたちでお声かけをして「描きたい!」と言ってきてくださった方に関してはお断りしないと決めました。そして編集者は必要なものをそろえたり、入稿したり、どんなことでも使ってもらおう、と。そういう下支え的なところでやろうと話し合いました。

――最初は電子書籍で出版されましたよね。

前田:今回は会社(小学館)を巻き込んでいる以上、絶対に損は出せなかったんです。紙媒体で出版するとどうしても売れ残って損失をだしてしまう可能性があったので。

あと、紙とかインクっていうのが沿岸部にあって全部やられちゃったんですよ。実際会社の中で本の発行部数を減らそうとか、単行本の出版日を遅らせようかという話しもあったぐらいの、まだ3月、4月の時期だったので、この状況で本出せるのか、という疑問もありました。

それに書店さんや流通網も被害を受けていて、被災地にいる方がすぐに買える状況じゃなかったんです。そのような人でも、電子書籍であれば、ネットと電気さえあれば読めるというのもありました。

さらに、作家さんも基本的に自由参加でやっていただいていたんですが、本を出すというとどうしても締め切りというもの決めなければいけないんです。でも電子書籍だと締め切りを何回かに区切ることができるので、例えば今すぐには無理だけれど半年後には描きたい!と言って下さっている作家さんも受け入れることができる。「おぉ、全部クリアできるじゃんこれ!」と思いましたね(笑)。

――最終的に「僕らの漫画」が紙媒体で出版されているということは、その試みが上手くいったということですか。

前田:そうですね。やはり現状電子書籍よりも紙の本の方が部数がでるんですよ。我々の方も最終的に紙媒体で出版して形に残したいという思いがあったのと、やはりできるだけ多く売り上げをあげて、収益をあげて、それを全額被災地に寄付をしたいという思いもあったので、出すべきだし、出したいし、出しましょう!ということになりました。

――「僕らの漫画」の中には直接震災に関係のある漫画って少ないですよね?そこには何か意図があったのですか。

前田:うーん漫画を描いた時期にもよると思いますけど、正直どちらでもいいんですよね。企画について話しを進めていた初期段階では、自分は「祈り」とか「希望」とかテーマを決めてやった方がいいのかなと思っていたんですけど、それは描けないとなりました。

作品にどのような気持ちを持たせるかというのはすごく難しいんです。あれだけの災害を前にしたときに、何ができるのかということを考えて、「元気出せよ」とか、そんな声かけちゃっていいのかと思ったんです。

作家さんにできることは、作家さん個人が個人として漫画を書いて何かをつたえることなので、自分が被災していない、知人や親戚も失っていない。被災地の人と状況が違う中で、「希望」とか「祈り」とか描けるのか、嘘になるんじゃないのか、と思ったんです。

漫画家は読者を楽しませるプロフェッショナルなので、「復興」とかテーマをおくことはできないんじゃないかと考えました。そこで今回はとにかく作家さんの想いを大事にして、何を描くのかという窓口は広くしました。だから掲載作品の中には震災と絡めたものもあるし、ただ人を楽しませるコメディ漫画もあるんです。

――「僕らの漫画」では、人を楽しませるプロフェッショナルである漫画家が、さらに自分のプロフェッショナルな分野の作品を掲載したんですね。

前田:本当にそうですね。何ができるのかって言ったときに、単純に「命」だとかを考えるのであれば、瓦礫の撤去とかをやった方が絶対いいんですよ。でもそこで普段漫画家や編集者をやっている人たちが、自分たちの力を最大限発揮できるのかといわれればできないわけで。

だからまぁ、それぞれの一番得意なことをやるっていうのも大切なのかなと考えました。もちろん、実際に現地までボランティアに行った作家さんもたくさんいましたし、僕自身も10月頃現地にボランティアに行きました。

そこで思ったのが、人の命を救ったり一つの地域を救ったりということも正しい。でもそういった短期的な支援以外にも長期的な支援の形もあるなと思って、それで今回は漫画を描いて楽しませて、それで得たお金を被災地に送るという支援の形を選びました。

――最後に、「僕らの漫画」を制作して良かったことをお聞かせください。

前田:一番よかったと思うのは、「あの時」何かができたことですかね。震災直後は、ほとんどの方が何をしていいのか分からなかった。その中で自分の職能をいかして何かができたということは大きかったと思います。あと、改めて作家さんてすごいなと感じました。あれだけの災害の中で自分の考えたこととか感じたことを作品にすることができるというのは、本当に尊敬します。

※アンソロジーコミックス・・・主に短編や読み切り作品を掲載した漫画

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