約200年前に始められた北海道開拓。明治政府の号令のもと国策としてはじめられたこの事業、現存する克明な資料がわたしたちに開拓にあたった方々の過酷さを伝えてくれています。
そんな北海道開拓に欠かせない建築資材として、札幌・小樽を中心にさまざまな建築物に使用された「札幌軟石」という石材をご存知でしょうか?
北海道観光の代表的な景観のひとつ、小樽の運河にも札幌軟石は多く使われ、北海道の景観を支える建材として、いまでもその姿を見ることができます。
そんな札幌軟石を愛し、いままでとは違う札幌軟石の文化を残そうと挑戦される女性がいます。札幌軟石の文化と新しい挑戦を、北海道からお届けします。
札幌軟石は「軽く、加工しやすい」という大きな特徴があります。そのため、北海道開拓の際にこの石材が多く用いられることとなりました。そして札幌軟石は日本に数多くある「潰えてしまうかもしれない文化」のひとつだという顔も見せます。
そんなふうに話す小原 恵(おばら めぐみ)さん。
小原さんは「軟石や」という名前の屋号のもと「札幌軟石の魅力を多くの人に伝える」ことをお仕事にされています。バスガイド、マーケティングというお仕事を経験された小原さんは、縁あって現在ひとつだけになってしまった札幌軟石の切り出し・販売を行う『辻石材株式会社』へ入社したことが、小原さんと札幌軟石の出会いでした。そこで小原さんが出会ったものは、札幌軟石という文化とそれを支える職人さんでした。
辻石材では経理の業務を担当する一方で、技術ある職人さんと札幌軟石に魅せられていきました。札幌軟石という文化の歴史や技術にどんどん心惹かれていく一方で、このままではいけないという危機感も募らせていきます。
そこで小原さんは「建材として軟石を切り出す際に出る端材の活用方法はないだろうか?」と考えるようになりました。
札幌軟石の加工のしやすさは、内面の密度が軽石のように低いという性質に由来します。このため「水を吸い取り匂いだけ残す」という特徴を活かし、今では少なくなってしまった「札幌軟石の家」をイメージした、手のひらサイズの軟石の端材を家の形に切り出し絵つけをした「かおるいえ」の商品化に取りかかりました。
オブジェとしてだけではなく「水を吸い取り匂いだけ残す」という特徴から、アロマを上から垂らすと、自然な香りが持続する、アロマポットのような商品になりました。
かおるいえは話題となり、モノとしての可愛さはもちろん、札幌軟石を懐かしく思う方、札幌軟石という文化を知る方からも人気を集め、気づけば小原さんは「文化のリノベーション」を小さく果たしていました。
そして変化は商品としてだけではなく、軟石職人さんの間でも起こります。
このように、札幌軟石の文化に新しい風を少しずつ吹かせていった小原さん。デザイン学部の学生とコラボして商品開発を行った際には、軟石をつかったカレンダーや足ふきマットなどのアイデアが生まれます。
そして「かおるいえ」を取り扱いたい小売店が増えるにつれ、その制作過程を障碍者の方の雇用の場にしようと挑戦しました。
プロダクトにおいてだけではなく、普段のやり取りの中でも人と話すことを大事にされる印象が強い小原さん。わたしたちがいちばん聞いてみたかったことは「他の人と一緒になにかをされていることが印象的だなあと感じるのですが、それはどんな意味があるのですか?」ということでした。
小原さんの挑戦は、現在日本でたくさん生まれている「なくなってしまうかもしれない文化」を次の世代に残す挑戦で、
その挑戦を、お金ではなく、パワフルな方法ではなく、先達である柳田邦男さんが「民藝運動」の名前のもとにブランドを作り上げたような、マクロなものでもなく、丁寧なコミュニケーションを積み重ねていく、そのようにされていること、そしてその想いを現実化することで、着実に札幌軟石に触れ合う人は増えていること。
地域活性やマーケティングの世界でも「顔が見える関係性から始める」という取り組みは増えているという実感値がありますが、小原さんの、丁寧で、一見小さなアクションが、わたしたちの社会においては「パワフルな方法」になっているのかもしれません。
徐々に拡がりを見せる札幌軟石。札幌軟石が採取できる地域である札幌市・石山の商店街では、札幌軟石でできたピザ釜を商店街活性化のツールとして使おうという動きが出てきたり、お話はかおるいえの制作を体験させていただきながら伺いました
石山地域の小学校では、地元の文化として札幌軟石のことを知る授業が組み込まれたりと、小原さんが毎日されている「軟石を通じてのコミュニケーション」が、さまざまなシーンで行われるようになってきました。
文化を愛することを「コミュニケーション」の機会をつくり、行うこと。小原さんを通じて札幌軟石はどんな人と出会い、どんなふうに文化としてのアップグレードを果たしていくのか、たくさんのひとが期待とともに見守っています。
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