近年、エシカル(倫理的)な価値観を持つ新ブランドがファッションや美容、グルメの世界で続々と生まれている。エシカルは直訳すると「倫理的」という意味を持つ形容詞で、一見するとアカデミックな印象を受けてしまうかもしれない。しかし、実際の商品やサービスは手頃なものからハイセンスなものまでさまざまだ。食わず嫌いはやめて、エシカルの世界を覗いてみよう。(オルタナS副編集長=池田 真隆)
エシカルな商品は、生産者との公平な取引、環境への配慮など製造過程にいくつかのストーリーを持っている。「ストーリーのあるギフトを贈るのに、エシカルは合っている」と考えた一人の女性がいる。沼田桜子さんだ。
沼田さんはエシカルな商品に特化したギフトショップを4月3日、日本橋にオープンする。同ショップの名称は、「エシカルペイフォワード」。約20のブランドから商品を揃えた。オープン記念として、エシカルな商品をもらった人がほかの誰かに届ける「ペイフォワードキャンペーン」を行う。このキャンペーンは今年のクリスマスまで続ける予定で、エシカルの輪を広げていく。
貧困層の子どもたちへの教育支援活動を行うNPO法人オン・ザ・ロード(東京・世田谷・高橋歩理事長)は今年7月、東京・下北沢にカフェ&バー「Ethical(エシカル)」をオープンする予定だ。店の内装は、東南アジアのリゾートをイメージし、日本人に合うようにアレンジしたアジアンエスニック料理を提供する。この店の売り上げの一部は、インドで同団体が行う国際教育支援活動への寄付となる。
同団体は2008年、インドに学校を開校した。この学校の授業料は無料で、運営は寄付でまかなっている。今回、カフェ&バー「エシカル」を立ち上げて、より多くの人とインドの子どもたちを結ぶ。コンセプトは「食べて社会貢献」だ。現在、クラウドファンディング「シューティングスター」で開店資金300万円を集めている。
■シチズンがエシカルウォッチ
今秋、シチズンからエシカルをテーマにした時計が発売される。名称は、「CITIZEN L Ambiluna(シチズンエルアンビリュナ)」。「CITIZEN L」は、2012年からレディスウォッチブランドとして展開しているシリーズ。この腕時計に含まれる製品成分やCO2排出量を公開し、紛争鉱物を取り扱っていないことがエシカルウォッチと名乗る所以だ。デザインアドバイザーとして、建築家の藤本壮介氏を、ブランドアドバイザーとしてファッションジャーナリストの生駒芳子氏を迎えた。「光そのもの」をテーマにデザインされ、光のうつろいで時が感じられる腕時計だ。バンドの布は、1688年に創業した西陣織の老舗「細尾」が織りあげた。
エシカルの概念は寄付やフェアトレードが盛んな英国に端を発する。80年代から90年代にかけてイギリスのブレア首相(当時)が、当時のアフリカの植民地政策を見直し、その言葉を使用したことが発端とされている。「犠牲の上に豊かさが成り立ってはいけない」、「国と国の外交ではなく、個人と個人の交渉として考え直すべき」という立場を示した。
1989年、マンチェスター大学に通う学生が雑誌「エシカルコンシューマー」を創刊した。同誌では、「環境」や「人権」「持続可能性」などの独自の指標で、企業のエシカル度を測定した。この雑誌をつくった狙いは、エシカルな価値観を持った企業を応援していくことだが、特徴は、消費者の力で応援していく点だ。公平な情報発信を行うため、同誌の収入は記事広告ではなく、エシカルな価値観に共感した市民らの寄付で成り立っている。
日本にエシカルが入ったのは2000年代。カルチャー誌やファッション誌が英国の「エシカルファッション」を取り扱い出したことがきっかけだ。2011年の東日本大震災が契機となり、社会貢献意識を持つ消費者は増え、それ以来、エシカルをテーマにしたブランドは続々と生まれた。
SNSの発達もエシカルを後押ししている。これまで、商品の生産現場や廃棄方法などは、知られていなかったが、SNSが浸透したことで、消費者と企業の距離が近くなり、搾取労働や環境汚染の事実が発覚すれば即座に知れ渡るようになった。消費者はつながり、その企業へ働きかける。
この動きで顕著なのが、動物愛護団体だ。動物を残虐な方法で殺害して、毛皮を採取する行為に嫌悪感を抱き、署名活動や不買運動を展開する。高級ブランドのアルマーニ、ヒューゴボス、トミー・ヒルフィガー、カルバン・クラインなどの高級ブランドは、消費者の働きかけで、毛皮の取り扱いを中止した。日本でも、2015年に毛皮消費で犠牲になった動物の割合は、2006年比80%減となった(NPO法人アニマルライツセンター調べ)。
日本では、Googleでの2010年のエシカルの検索数は4.6万件だが、6年でその10倍の49万7000件(2016年3月29日時点)に増えた。エシカルは、ファッションや美容、グルメだけでなく、銀行の投融資方針などにも影響を及ぼす概念となり、今後もさまざまな分野でキーワードになることが予測される。
■課題は「基準がないこと」
広がりが期待されるエシカルだが、日本にはフェアトレードやオーガニックコットンのように、エシカルの認証機関がないためまだ明確な基準がない。消費者庁は昨年5月、「倫理的消費」調査研究会(座長・山本良一・東京大学名誉教授)を立ち上げ、フェアトレードやオーガニック認証を受けた商品などを購入する「エシカル消費」の推奨へ取り組み、28人の有識者を集め、「エシカル消費」の必要性や定義について話し合っている。
しかし、山本氏は「(倫理は)個人の思想、信条、価値観と混同して考えてしまいがちなので、委員の間で、国民に分かりやすい表現をどうするかで慎重に検討している」と話す。エシカルは定義がないため、広がりと応用が利く利点もあるが、その一方で方向性が明確になっていないことで、伝えづらいという点も持つ。
日本でいち早くエシカルに特化したマーケティング活動をしてきた、細田琢・デルフィス エシカル・プロジェクトプロデューサーは、「名乗った時点で、エシカルな商品になってしまう。是非の判断は生活者に委ねられている」と話す。「エシカルな商品も買うけど、ファストファッションやコンビニ、100円ショップにも行く。そんな気まぐれな我々に対し、エシカルは問題提議という役割を負っている」。エシカルのうねりを高めるためには、一人ひとりの商品の裏側を見る力が試されている。
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