タイトル:電園復耕~大通りからそれて楽しく我が道を歩こう

なぜ人を押しのけて狭き門に殺到するのか?自分を愛し迎えてくれる人たちとの人生になぜ背いて生きるのか?
この書き下ろしは、リクルートスーツの諸君に自分の人生を自分で歩み出してもらうために書いた若者のためのお伽話である。(作・吉田愛一郎)

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◆電震伝波

吉田はジャケットを拾って草を払った。ゆっくりとそれを羽織ると啓介に言った。

「グラブ欲しい?」

「いいんですか?」

「マイ プレジャー」

吉田はこげ茶色の古いグラブの方を啓介に渡した。丁寧に何回も塗り込めたグリースの臭いがした。

会社の方に向かって二人は歩き出した。

霞が関の方からの春風が二人をそっと押していた。リクルートスーツの男女の群れが春風に向かって進んで来て、二人とすれ違った。みんな細くて小さかった。二尾の捕食魚から集団で身を守るイワシの群れのように黒くて灰色だった。イワシの群れを抜けるともう会社だった。平井が落ち着かない表情でやって来た。

「会社は再保険会社に移行して、一般の営業はせえへんらしい」

「辞めるといったら少しくれますかね?」

「君の場合は一か月の給料やないかな」

「わしはこれから家のローンを払わならんからクビは殺生やで」

後ろから由美子の臭いがした、振り向くと「話があるの」と言って踵を返して、エレベーターホールの方に歩いて行った。

「あたしニューヨークに行くかも」

「ふーん」

「なによ。行っちゃっていいの?」

「しょうがねーじゃないか」

「向こうで何するか聞きたくないの?」

「本社に連れて行ってもらえるって話じゃないのか?」

「当たりよ」

エレベーターからリクルートスーツの若い女性が下りてきて人事課に向かった。

「ここには直下型地震が10年の内に60%の可能性で起きるらしいから行きたきゃ行けよ」

「一緒に来たくない?」

ボスのグリーンバーグとも関係がある由美子の世話でニューヨークに行く。そしてグリーンバーグの目を盗んであいびきするなんぞみっともないぜと啓介は思った。それにニュージャージの義理の父の近くで暮らすのも気が重い。

リクルートスーツの女が無表情で出て来た。「玄関払い」言葉が啓介の口から洩れた。地震が全てを変えてしまった。

「俺と百姓やらねーか?」

由美子は呆れたと言う表情をした。

そうだ断ってくれ。罵倒されて断られる方が断るよりよっぽど気が楽だ。

「頭冷やしなさいよ」

由美子は啓介の横をすり抜けて役員室の方に歩いて行った。啓介もその後ろからのそのそと歩いて自分の席に座った。平井が天井を見上げて何か考えているようだ。

一年ほど前の昼、マックのハンバーガーを平井と一緒に公園のベンチで食べたときのことを思い出した。

木のテーブル

皇居の桜がちらほら見えたうららかな日だった。食べ終わった平井が軽くげっぷをしてラップトップコンピュータを覗きこんだ。エクセルファイルを見ている。

「なんですか?」

啓介は暇に任せて聞いてみた。

「入社してから退職までの給料のシュミレーションや」

「シュミレートしてどうするんですか?」

「なんや、キミは将来の計画も立てへんのか」

「立てられるのですか?」

「立てられるやないか、そのためのパソコンやで。定年までの収入は分かるやろ。それに合わせて子育てしたり、家を建てたりするんや」

「そんなゲームみたいに計算でますかね」

「それがサラリーマンの良さやないか。堅実が一番やで」

文・吉田愛一郎:私は69歳の現役の学生です。この小説は私が人生をやり直すとすればこうしただろうと言う生き方を書いたものです。半世紀若い読者の皆様がこんな生き方に興味を持たれるのであれば、オルタナSの編集スタッフにご連絡ください 皆様のご相談相手になれれば幸せです。

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