朝目覚めの一杯。ホッとひと息くつろぎの一杯。コーヒーは、多くの人にとって毎日の生活に欠かせない飲み物になっている。ここ数年は、ほとんどのコンビニで、たった100円で淹れたてのコーヒーが楽しめる。これほどまでに身近で手軽にコーヒーが楽しめるようになったこともあってか、2016年のコーヒー国内消費量は過去最高の47万トン超(生豆換算)を記録した(全日本コーヒー協会統計)。(中島 佳織=特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパン事務局長)
世界市場で石油に次ぐ巨大な国際的貿易産品であるコーヒー。2016年3月、世界の2大コーヒー会社であるネスレ社とヤコブ・ダウエグバート社はそれぞれ、ブラジルのコーヒー生産現場で起こっている現代奴隷によるコーヒー豆が、自分たちのサプライチェーンに入り込んでいる可能性を否定できないと認めた。英国ガーディアン紙やロイター通信などが報じている。
生産者は低賃金もしくは賃金も払われず、マットレスも飲み水もない粗末な部屋に住まわされる。危険な農薬を散布する際にも防護具を与えられず、奴隷のように働く現状が明らかにされている。2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs )」の目標8.7では、「強制労働、現代奴隷、人身売買を撲滅するための緊急かつ効果的な措置の実施、最悪な形態の児童労働の禁止・撲滅」が設定されている。
2016年2月24日、米国のオバマ前大統領が、「2015年貿易円滑化及び権利行使に関する法律」に署名した。この法律で設けられた新たな施策の一つに「強制労働によって製造された製品の輸入禁止の強化」がある。米国・労働省がまとめた「児童労働・強制労働によって作られた製品リスト」には、75カ国で生産されている農産物、工業製品、地下鉱物資源の合計139製品がリストアップされている。
コーヒーも、コロンビア、グアテマラ、メキシコ、ケニア、タンザニア、ベトナムなど16カ国で児童労働の可能性があると挙げられている。
■責任は企業だけでなく消費者にも
このように国際社会では、コーヒー生産にも深刻な人権侵害が存在していることがすでに認識され、法整備まで進んでいる。だが、ここ日本においては、コーヒー生産にいまだ奴隷や児童労働の問題があること自体、ほとんど注目されていない。
世界的にここまでトレーサビリティやビジネス上の人権リスクが叫ばれる現在でも、深刻な人権侵害が今なお起こっている。「自社のサプライチェーンは完璧にクリーンだ」と思っていても、意図せずして非人道的なものが入り込んでしまうリスクを完全には排除できない。それほどまでに、サプライチェーンの末端までは見えにくくなっているのだ。
現代奴隷というと、そのセンセーショナルな響きから、とかく企業への批判だけに終始しがち。だが、まずは、自分たちのサプライチェーンに強制労働や児童労働といった現代奴隷が存在している「可能性」があると認めること。問題の存在を認識することからしか課題解決には向かえない。
それは決して企業だけの問題ではなく、知らずして購入している消費者一人ひとりの問題でもあるはずだ。
(雑誌「オルタナ」47号「フェアトレードシフト」から転載)
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中島佳織:
特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパン事務局長。大学卒業後、化学原料メーカー、国際協力NGO、自動車メーカーなどで勤務。タイでのコーヒー生産者支援プロジェクト立ち上げ・運営やケニアでの勤務経験を持つ。2007年1月FLJに入職、2007年6月より現職。共著に『ソーシャル・プロダクト・マーケティング』(産業能率大学出版部)など。