近年、「フェイクニュース」などにより、社会への無関心が広がる中、スロージャーナリズムを待望する声が高まっている。その旗振り役は、社会問題が起きる現場へのスタディツアーを企画しているリディラバ(東京・文京)の安部敏樹代表だ。安部代表は5月29日、クラウドファンディングで社会問題を構造的に伝えるウェブメディアの立ち上げ資金1000万円を集める企画を始めた。4日現在で225人から442万8000円が集まっている。(オルタナS編集長=池田 真隆)

リディラバの安部敏樹代表。社名の由来はRidiculous things lover (バカバカしいことが好きな人) を略した造語

「スロージャーナリズムは社会問題が起きる原因や背景などを構造的に伝える。自分に直接は関係ないかもしれないけれど、それを知ることで誰かに優しくなれるはず」――。安部代表はこう言い切る。事実を伝えるストレートニュースではなく、事実の背景や原因を伝えるスロージャーナリズムに特化したメディアで社会変革を目指す。名称は、「リディラバジャーナル」と名付けた。

同社では社会問題への無関心を打破するスタディツアーを企画しており、これまでに性教育から貧困問題まで200以上の現場で実施してきた。

ツアーでは参加者を主体的に関わらせるために完成したアウトプットは事前に用意しない。「現場の最新動向に関する調査」「当事者との対話」「参加者同士の意見交換会」などを行い、社会問題に対して自発的に理解を深めていく

同社ではスタディツアーを企画する際に、スタッフが社会問題が起きる構造を調べる。参加者はその情報を教わりながら現場を見る。そうすることによって、ミクロとマクロの両方の視点から問題を考えることができるようにしている。

今回立ち上げようとしているメディアでは、スタディツアー用に下調べした一次情報を活用して、現場を訪れていない人にも、「行動」を促すようなきっかけを提供する。

■SNSと複雑化が「無関心」を醸成

同社では、社会問題へ無関心な人が増えている背景について2つあると指摘する。一つは、新聞やTVではなく、SNSから情報を収集するようになったことで、「自分が知りたい情報」のみを優先的に得られるようになったことを挙げる。

新聞やTVなどから情報を一方的に受けていた時代とは異なり、自分が知りたい情報だけを能動的に選べるようになったことで、興味の広さによって得られる情報が制限されてしまうという。

もう一つは、社会が複雑化していること。「食」や「教育」など抱える問題がシンプルな国では対応策を考えやすいが、発展した社会では仕組みが複雑になり、そもそも解決したい社会問題の「社会」を定義することが難しい。これらの背景によって、社会との乖離が起きていると分析する。

■英BBC、米CNNも「スロー」強調

近年、メディア業界にも変化が見られ、英BBCも米CNNもスロージャーナリズムに力を入れている。速報を重視するストレートニュースに加えて、ファクトチェックや分析を行い、その事実の背景を伝えるスローニュースを発信している。米CNNがトランプ政権発足の様子を生中継で放送せず、ファクトチェック後に分析を行い伝えたことが記憶に新しい。

メディア業界では速報に価値を置いており、他紙に抜かれないように、「巧遅拙速」の考えが主流だ。そうした中で、コピペ記事やフェイクニュースなどが氾濫した。スロージャーナリズムはその流れに異議を唱える。

■「枠にはまる」報道姿勢を批判

社会問題を伝えるメディアの報道姿勢を厳しく批判したのは、歴史社会学者の小熊英二氏だ。オルタナS編集部の取材(2015年8月)で、「メディアの報道は枠にはまり過ぎている」と言い切った。原発再稼働反対デモを例にし、厳しく批判した。

「原発事故の後にいろいろな運動が起きても、多くのメディアの人は認識できなかった。彼らが持っていた枠組みは、「全共闘運動と比べてどうなのか」とか、「日本ではデモは起きないはずだ」「最近のデモには中高年しか来ていないはずだ」といったものでしかなかった。

だから、最初は枠組みに当てはまらないから、報道できなかった。そのうち無視できなくなっても、「60年代と比べてどうなのか」とか、「デモは起きないはずなのに、どうしてこんなに人が来るのだろう。参加者に『なぜ来たのですか』と聞いてみよう」とか、「インターネットのせいだ」とか、「若い人が来ているから新しい」とか、そういった報道しかできなかった。本当に持っている枠組みが貧しいな、と思いました。

たとえば、中東かどこかで街が破壊されたあとにデモが起きたら、ジャーナリストは「なぜ来たんですか」とは聞かないでしょう。沖縄で少女が海兵隊員に暴行されたあとに集会にたくさん人が集まっても、やはり「なぜ来たんですか」とは聞かないと思います。

それなのに、原発事故が起きて、東京にも放射能が降ったあとに抗議が起きたら、「なぜ来たんですか」と参加者に聞くマスコミや研究者がいた。そんな質問をするほうがどうかしているし、とても失礼な質問だということが分からないのかな、と思っていました。」(引用終わり)

■20代最後の挑戦

安部代表は現在29歳。リディラバは2009年に学生有志と立ち上げた。注目の若手社会起業家の一人だが、もともと彼自身が「社会問題だった」と明かす。14歳のときに、家庭内暴力を起こし、家を追い出された。そのときに社会との距離を感じ、それが原体験になっている。

問題児で偏差値は30以下だったが、猛勉強の末、東京大学に入学した。原動力は「東京大学に入りたかったから」ではなく、「誰かが関心を持ってくれることがうれしかったから」だという。

この経験から、「誰かに関心を持ってもらうことが社会問題を解決する一歩になると思っている」と話す。

日本社会は人口減・高齢化を迎える社会課題先進国の一つ。例えば、17歳以下の6人に1人が、月約10万円で暮らす「子どもの貧困」に該当する。ほかにも、一次産業の後継者不足、ジェンダー問題、環境汚染、難民及び人権、労働問題など挙げれば枚挙に暇がない。

安部代表は、こうした課題へ関心を持ってもらうためにスタディツアーを企画してきたが、さらに多くの人の無関心を打破するために、革新的なメディア事業に挑んだ。課題を過度に単純化して伝えていくのではなく、背景や原因などを構造的に伝えることで、「優しい大人を増やしていきたい」と意気込む。

・リディラバがクラウドファンディング「Readyfor」で挑戦中のプロジェクトはこちら

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