最近、ウェブなどのCMに対して、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で批判が集中し、いわゆる「炎上」する事例が頻発している。最近でも牛乳石鹸や宮城県の観光PR動画などの例がある。「結果を出したい」と焦るスポンサーや広告制作会社の失策だけでなく、「ミレニアル世代」など、性的表現やモラル上の表現に厳しい若者が増えたことも背景にありそうだ。(オルタナS編集長=池田 真隆)
牛乳石鹸共進社(大阪市)は6月15日、ウェブ動画「与えるもの」篇を公開した。妻と子どもを持つ夫が「あるべき父親像」を葛藤する様子を描いたものだが、SNS上で「家族を大切にしない主人公が理解できない」などの批判が相次いだ。
編集部が同社に企画の意図を聞いたところ、「父の日に合わせて、家族や息子のことを大切に思いながらも、時に迷いながら、それでも前を向いて毎日頑張っている父親の姿を描いた」とFAX回答があった。
宮城県は7月、タレントの壇蜜さんを起用した観光PR動画「涼(りょう)・宮城(ぐうじょう)の夏」を公開した。壇蜜の唇のアップや性的表現を暗示するようなセリフがあり、SNSで「不快」「女性蔑視」などの投稿が殺到した。
同県には500件弱の意見が寄せられたが、その8割が批判的なコメントだった。同県は8月26日、動画サイトから本動画を削除した。
サントリーが7月に公開した「絶頂 うまい7%の魅力を紹介する体感型ムービー『絶頂うまい出張』」もモラルに欠けた性的表現だとSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で批判を受け、同社は動画の公開を中止することに決めた。
CMでの女性表現は年々、難しくなってきている。最近では「フェムバタイジング」という言葉もある。フェミニズムとアドバタイジングの造語であり、広告でフェミニズムを売るという意味だ。女性のエンパワリングとして、社会から評価されることもあるが、一方で、批判を受けることもある。
特に「ミレニアル世代」(1980年以降の生まれ)は上の世代と比べてジェンダーレス化が進んでおり、固定化された男性像や女性像を押し付けると違和感を与えてしまう。
マーケティングに詳しい吉水由美子・伊藤忠ファッションシステムマーケティングクリエイティブディレクターは、「ミレニアル世代は情報化や国際化が進む中で育ち、SNSなどを通して様々なコミュニティに所属している。多様性を当然のように受け入れている。LGBTも身近に存在するので、彼らに旧来型の性差やジェンダーを強調した表現は共感されない」と話す。
「バブルのような経済成長期は、男性は仕事で女性は家事育児といったジェンダーによる役割分担が普通だった。しかし先が読めない経済状況下では、女性の社会進出とともに共働きのほうがリスクヘッジできると合理的な判断を下すようになった。その結果としてジェンダーレス化が進んだ。企業は、この社会の趨勢を理解しないと消費者からは支持されないだろう」
■炎上CMの背景
世界最大の広告イベント「カンヌ国際クリエイティブ祭」の取材を10年以上続ける河尻亨一氏(銀河ライター主宰)は、炎上CMが多発する状況に関して、「広告の作り手、広告主、CMを見る側、炎上を報道するメディアの4つの観点から考えていく必要がある」と言う。
河尻氏によれば炎上にも「良い炎上」と「悪い炎上」があるという。消費者が積極的に見たいわけではない情報を発信するCM(広告)は、まず見てもらう必要がある。目立たなければ意味がない。話題喚起のために、誇張的表現を採用しやすく、「多かれ少なかれ炎上を目的とするのがCMの宿命」(河尻氏)。
視聴者の共感度が高いCMは「良い炎上」とも言えるが、「悪い炎上」は消費者からのバッシングにさらされ、企業が築き上げたブランドの価値を大きく損なう。広告制作者には、「共感」と「不快」の間のギリギリの線を的確に見極める資質や才能が求められる。
河尻氏は、「ある意味、この両者は表裏一体でもあり見極めも難しい。その壁を突破できるのが優れた制作者だろう」と話す。
地方CMの「良い炎上」の傑作として河尻氏は、宮崎県小林市のCM「ンダモシタン小林」を挙げた。フランス語に聞こえるご当地方言のナレーションとともに美しい風景の映像を連ねて、移住促進を図る意図だった。
有名タレントを起用したり、大がかりなPRをしたりしたわけではないが、「面白い」と口コミで広まり、Youtubeでは230万回再生されている(2017年8月)。
「悪い炎上」について、河尻氏は広告代理店やCM制作会社だけでなく、広告を発注した企業側の問題も大きいと指摘する。
「炎上した事例には、予算やスケジュールに無理があるのではないかと感じさせるものもある。その割にYoutubeの再生回数などで過大な目標を設定されていると、容易に注目を集めやすい過激ネタに走らざるを得なくなる。発注サイドが何を伝えたいのかが曖昧なまま制作に突入するケースも多く、現場のプレッシャーは大きいと思う」
「悪い炎上」ネタに食いつくメディアにも責任はある。
「PV目的で炎上CMネタが好きなメディアもある。良い噂より悪い噂が広まりやすいのは世の常ではあるが、社会的意義の高いCMもある。ケースによっては批判も必要だが、もっと評価や応援に力を入れても良いのではないか」
最後に、「見る側」の問題についてはこう述べた。
「昔から視聴者はCMに対して悪口を言っていた。SNSなどの普及により、その悪口が可視化され、CMを見てない人にも伝播していくようになった。すべてがネットで可視化される時代だからこそ、心温まる良い炎上とは何かを真剣に考えるべきだろう」
制作会社、クライアント企業、メディア、視聴者の4者が絡み合い、火が消えない状態が生み出されるというのが、河尻氏の分析である。「予算がない、スケジュールも短い、スキルも乏しいなかで制作されたCMに対して、みんなでバッシングする状況そのものに違和感がある」と言い切る。
「カンヌでは広告の力で社会的課題をどう改善できるのか真剣に議論されている。悪い炎上ばかりフォーカスされる状態が続くと、日本という国のブランドまでおとしめてしまう」
この状況を変えていくためには、「一方的に誰かのせいにするのではなく、なぜそんなことになるのかをまずは根っこから俯瞰的に捉えること。その際にメディアの果たすべき役割は大きい」と強調した。
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