業務用音響機器メーカー最大手のTOA(兵庫県)が、一風変わった中学生の職業体験を始めて今年で20年目を迎えた。兵庫県下の体験活動では施設や企業での職場体験が一般的だが、同社が実施するのは、文化芸術創作体験。しかも、初めて会ったプロの音楽家とともに、たった5日間で舞台作品を創作し、最終日には地域住民に無料コンサートとして披露するというものだ。体験学習の重要性が問われる中、アーティストと本気で交わる体験が、中学生にどんな作用をもたらしているのか、その内実に迫った。(オルタナS関西支局=立藤 慶子)

2017年度トライやる・ウィーク初日の11月27日、TOA本社横のジーベックホール内スタジオ。神戸市立義務教育学校港島学園から中学2年生3名を迎え、プロの音楽家・ダンサーたちと互いに自己紹介することから始まった

この取り組みは、兵庫県教育委員会が1998年にスタートした体験活動事業「トライやる・ウィーク」の一環として行われている。同事業は、1995年の阪神・淡路大震災、1997年の神戸連続児童殺傷事件を契機に、「心の教育」の充実を図るため全公立中学校2年生を対象に実施されているもの。

期間中の一週間、生徒は学校に登校せず、近隣の企業や施設で体験活動を行う。生徒にどのような体験をさせるかは、受け入れ側に一任されているという。

TOAは、社会貢献活動の一環としてこの事業に初年度から参画。音の情報発信基地として本社屋横に設けている「ジーベックホール」を地域住民に親しまれる存在にしようと、このホールを使った文化芸術創作体験を当初から企画・運営してきた。

同社経営企画本部広報室主事の吉村真也さんは、「中学生の体験活動としてはユニークですが、自社の資源を使った自社らしい地域貢献の方法として自然に生まれました。ただ、せっかくの機会ですから、中学生が受け身ではなく能動的に取り組め、心の成長や自信につながり、それを地域全体で支援していくようなものにしたいと思っていました」と話す。

そうして生まれたのが、プロの音楽家とともに舞台作品を創作し、最終日にコンサートとして地域住民に披露するという、TOA独自のトライやる・ウィークだ。

とはいえ、最初は運営側の不安があった。きちんと発表できる作品になるのか。中学生は楽しんでくれるか。

しかし、中学生の目を見張るような吸収力と豊かな感性に、吉村さんも音楽家たちも刺激されていく。「年を経るごとに、『もっとこんなこともできるんじゃないか』と、生徒の感性を引き出す作品づくりへと方向性が変わっていきました」(吉村さん)。

2017年トライやる・ウィーク2日目(11月28日)のようす。初日は緊張していた生徒も、楽器に触ったり自由に体を動かしてみたりするうちに、動きが大胆になっていく

担当する音楽家は毎年異なる。20年目の今年、中学生と5日間をともにしたのは、打楽器演奏家とダンサーで構成されるアーティストチーム「アニマルコンチェルト」だ。

「アニマルコンチェルト」は、TOAがもう一つの社会貢献活動として取り組んでいる、小学校での音楽&ダンスの参加型ワークショップ「TOA Music Workshop」のために特別に編成されたチーム。普段は小学生を相手に2時限(90分)のワークショップをしており、中学生を相手に、しかもともに舞台を創るというのは初めての経験だという。

初日はお互いに手探りだ。音楽家・ダンサーたちはどんな性格の中学生なのかを知るところからスタートし、中学生も初めて触る楽器、初めて話すプロの音楽家たちに緊張。

しかし、2日目からは徐々に心が解けていく。ダンサーによる、「動物になった気持ちで自由に体を動かす」というワークも、慣れないため最初は小さな動きだった中学生たちは、「小さくならず、もっと大胆に動いたほうがいい」とプロのアドバイスを受けると、次の瞬間には全く違う動きへ変わっている。

2017年トライやる・ウィーク3日目(11月29日)のようす。「もっと遠くのものをつかもうとするように」など表現方法を具体的に指導されると、すぐになめらかなダンスへと変わっていく

表現しようとする力、ひたむきな姿勢。それがプロの指導で引き出され、3日目には作品の流れが見えてくる。4日目には、本番のステージでの練習。生徒の驚くような表現力にプロもひっぱられ、完成度がぐいぐいと高まっていくのは圧巻だった。

トライやる・ウィーク5日目、本番のコンサートには、生徒の家族や地域住民のほか、過去に同活動を体験した、かつての中学生たちなど、約100名が来場。

大勢に見守られる中、中学生3名は、各自のソロパートもアドリヴのリズムも堂々とやってのけた。しかも思い切り楽しそうに演じている。プロに決して引けをとらない演奏・演技が終わると、会場は大きな拍手で包まれた。

本番の様子。20年を経て定着し、地域住民も楽しみにしているコンサートであることがよくわかる

「中学生は本当に素直で吸収が速い。その日できなかったことが翌日にはできるようになっていて、その劇的なスピードに私たちもひっぱられていく感じでした」と、ダンサーの大歳芽里さん。参加した中学生からは、

「あっという間の5日間で、すごく楽しかった。本番も最初は緊張していたけれど、途中から楽しくなってきた」(伊藤咲音さん)
「アーティストの皆さんはちょっとしたことでもほめてくれたので、自信になり、どんどん楽しくなっていった。この5日間でいろいろな経験ができて一皮むけた気がする」(川口美南さん)
「自分で考えて表現するというのが難しく不安だったけど、指導のおかげで、自信が持てた。本番はとても楽しく、終わるのがあっという間だった」(永井花菜さん)

自己を捉えなおす思春期という多感な時期に、勉強で学ぶでもなく、人の真似でできることでもなく、自らつかんでいき、表現していくという体験。そして、それを全力で支える大人たちがいるということ。それはきっと、これからの人生を生きる中学生の心に、大人や社会、自分自身への信頼を育んでいるに違いない。


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