安倍政権が進める「働き方改革」の関連法案が31日、衆院本会議で採決され与党の賛成多数で可決される見込みだ。だが、働き方改革の柱で、議論の中心となっている「高度プロフェッショナル労働制」(以下、高プロ)には、「過労死を助長する」として多くの反対の声が上がっている。高プロの何が問題なのか。過労死防止全国センター(東京・文京)の声明文をもとに、5つの問題点を考えたい。(オルタナ編集部=二階堂 裕)
2018年2月13日の衆院本会議で、安倍晋三首相は高プロを「高度な知識、技術を持つ専門職の自律的に働きたいというニーズに応えて、意欲と能力を十分に発揮できるよう、めりはりのある効率的な働き方を可能とする観点から設けるもの」と説明した。
だが、野党をはじめ有識者からは、デメリットを指摘する声が相次いでいる。例えば、高プロを「一定の正社員を対象に、労働時間の規制を取っ払い、時間無制限に働かせるもの」と指摘し、懸念する声がある。
1.年収要件の引き下げ
今回審議されている高プロは、金融ディラー、アナリスト、コンサルタントなどの職種で年収1075万円以上という要件がつき「一部の高所得者だけが対象」との印象はある。たしかに、少ない時間で高い成果をあげることができ、それに伴う収入を得られれば労働者にとっては魅力的に映るかもしれない。
しかし問題は、高プロの年収要件がどんどん下がっていき、対象業務が拡大していくことにある。2018年3月17日に行われた最低賃金の引き上げや長時間労働是正を訴えた街頭アピールを取材した志馬玲氏の記事によると、日本労働弁護団事務局次長の中村優介弁護士は、「高プロを導入する目的はただ一つ。使用者側が、労働時間規制外で労働者を働かせようというものにほかならない。このような法律が成立したら、長時間労働の助長につながる」と訴えている。
また、10年前に「ホワイトカラー・エグゼンプション」という形で高プロのような制度が画策されていたが、過労死等防止対策推進全国センターは声明文のなかで「当時日本経団連が求めていた年収要件は400万円以上を対象にすると想定していた」として、年収要件へ引き下げについて警鐘を鳴らしている。高プロの運用開始後、政令によってどんどん年収要件が引き下げられる可能性がある。
さらに、過労死防止全国センターは、次の4つの問題点を指摘する。これらは、法案成立後、高プロが適用になった労働者に対して考えられるデメリットを指摘するが、年収要件が引き下げられた場合、一部の高所得者だけが対象とは必ずしも言えなくなる。身近に生じうる問題として、とらえてほしい。
2.成果賃金制度ではなく固定賃金制度
高プロでは、基準となる労働時間が決まっていて超過時間数に応じて一定の割増率で残業代を支払う現在の時間賃金制ではなく、あらかじめ決められた額しか支給しない固定賃金制をとることになる。つまり、労働基準法の労働規制を外し、時間外・休日・深夜を含め残業という概念自体をなくすものだ。
よって、高プロでは、残業時間に対しては、付加的な賃金は支払われなくなる。第一次安倍内閣のとき「残業代ゼロ法案」として強い社会的批判を受けて国会提出が見送られた、「ホワイトカラー・エグゼンプション」法案と同じように、強い批判が出ている。
3.対象業種拡大の危険
今回審議されている高プロは、金融ディラー、アナリスト、コンサルタントなどが例示されているが、実際は、専門業務や企画業務が広く対象とされていることから現在過労死など多発しているIT産業のSEなども対象になる可能性がある。
4.長時間労働・健康悪化の歯止めがないこと
政府は、「本制度の適用労働者については、割増賃金支払の基礎として労働時間を把握する必要はない」というが、健康確保措置として、年104日の休日取得を義務化したうえで、(1)働く時間の上限設定(36協定による残業の上限を原則)(2)終業から次の始業まで一定休息を確保する「勤務間インターバル」(3)1年に1回以上継続した2週間の休日取得(4)時間外労働が80時間を超えたら健康診断を実施するから任意で1つ選択をできるようにするという。また、高プロを適用した人でも、自らの意思で撤回できる規定も含まれた。
言い換えれば、健康確保措置を盛り込むということは、健康悪化への被害を想定してのことであろう。安倍首相が2月13日衆院本会議で説明した「めりはりのある効率的な働き方」を進めていくうえで、健康悪化が生じうるのであれば、まさに、反対派がいう「働き方改悪」なのかもしれない。
5.働き盛りの30代、40代の過労死激増の恐れ
高度専門業務に携わる労働者は、専門的・管理的職業従事者が多いと考えられる。厚生労働省の過労死等の労災補償状況に関する資料によれば、これらの従事者の間では、過労死・過労自殺が相次いでいる。高プロが導入され、働き盛りの30代、40代の過労死・過労自殺に拍車をかけてしまう恐れがある。
全国過労死を考える家族の会東京代表で、自身も夫を過労自殺で失っている中原のり子氏は、3月13日に参議院予算委員会中央公聴会にて、意見陳述を行った。中原氏の夫は、都内の民間病院に勤務する小児科医で、長時間労働・過重労働が原因で、うつ病を発症し、勤務先で投身自殺した。
3月16日、都内で記者会見を行った中原氏は「二度とこうした悲惨な過労死が起きないでほしい。夫は小児科医という仕事にやりがいと責任を感じていた。高プロは、労働者を無制限の労働に追いつめる危険な制度」と涙ながらに訴えた。
高プロでは時間無制限に働くことができる。支払われる賃金も成果賃金制度ではなく、固定賃金制度である。年収要件が政令によって緩和され対象範囲が拡大すれば、高プロを望まない人までもが週7日無制限に働くことになり、企業は残業代を支払わなくて良くなるような環境になる危険も払拭できない。