近年、テクノロジーの劇的な進化、世界経済のグローバル化などにより、社会はより複雑で予測できない時代になってきています。この近代以降のパラダイムは「VUCAの時代」と言われています。ビジネスや組織、様々なシーンで「従来のあり方」が揺れているなか、若い世代の子どもたちは新たな生き方を模索しています。「教育の再定義」をミッションに活動するNPOに話を聞きました。(JAMMIN=山本 めぐみ)

中高生を対象にプログラムを実施

東京の都立高校での1コマ。「学びにむかう意欲が低いと言われていましたが、半年後には生徒たちが和気藹々楽しむ風景が当たり前になってきました」(石黒さん)

NPO法人「青春基地」(東京)は、公立学校に焦点を当て、これからの新たな学校のあり方を模索していくために公立高校の学校改革に取り組んでいます。

活動のコアとなるのが、に「PBL=Project Based Learning(プロジェクト・ベースド・ラーニング)」と呼ばれるカリキュラム。

「対話を通じて、一人ひとりが興味関心をもとにプロジェクトを企画し、実際にアクションすることで生まれる出会いと経験の中で学ぶのがPBLです」と語るのは、団体代表理事であり、東京大学教育学研究科修士課程で学ぶ石黒和己(いしぐろ・わこ)さん(25)。

お話をお伺いした、青春基地の石黒和己さん

「生徒たちが学校から与えられた課題をこなし、定められた『正解』に向かう従来の教育のあり方ではなく、本人の好きなこと、やってみたいことを通じて人や世界・社会と関わり、その中で成長し、未来を描いていく。そんな教育のあり方を実現するために、学生から、クリエイター、企業の組織開発や人事を担う社会人まで、多様な人と協働しながら試行錯誤を進めています」

「従来のように与えられたゴールに向かって一つひとつ課題をこなして階段を登っていく『準備』としての教育ではなく、対話や経験を通じて、クルクルと渦を巻きながら、その都度上がったり下がったり、ある時にはパッと飛躍するスパイラルのように『今ここ』で学び、感じ、考えながら、常に探り続ける過程こそが未来につながると思っています」

若者が自信を持てず、「やりたいこと」を前向きに捉えられない現実

長野でスタートしたPBLの最初の授業では、まちづくりから芸術家、紙漉き職人まで多様な大人たちとまちを散策。「言語だけでなく、風景や空気、そして机上だけでなく、歩いたり、つくったりして、感じる時間です」(石黒さん)

現在の教育の課題として、「学校という場が一人ひとりのやりたいこと、個性や感性を生かしきれない場所になってしまっている」と石黒さん。

「学びとは本来、一人ひとりの人生が前進していくもの。しかし今の中高生たちは、必要以上に周囲の空気を読んだり、『どうせ無理』『本気を出すなんてカッコ悪い』などと、仲間にさえ自分にとって一番大事な部分を話さないような風潮がある」といいます。

その理由として挙げられるのが、学校の中での「対話の不在」だと石黒さんは指摘します。

「たとえ友だちや親がいても素直に真剣に話をできる相手がいなかったり、話せたとしても『それは無理だよ』と言われてしまったりして、自分を信じ、開いて挑戦していくための対話の相手が不在になっていることが挙げられるのではないでしょうか」

「甘いものが好きだから、パフェを食べたい」という意図でスタートしたというパフェ作りのプロジェクト。「あちこちインタビューをする中で、地元かつ彼女達しかできないパフェが生まれました」(石黒さん)

一方で、中高でシュタイナー教育を受けた石黒さんは、自由が尊重され、常に自分のやりたいことを追求できる環境にあったといいます。

「自分のやりたいことに対して『面白いね』と言ってくれたり、『よく分からないけど頑張って』と放っておかれたりしていたので、常にやりたいことを迷いなくストレートに口にすることができたし、出る杭が打たれることもなかった。この恵まれた環境が『やりたいことを実行してみる』面白さを知る基盤にも、自分の自己肯定感にもつながった」と当時を振り返ります。

「目指すべき『正解』が定められた環境では、人と人が同じモノサシで比べられてしまう。自分自身の核心を話してどう思われるかという不安や評価されたくないという不安が、若者が挑戦しづらい環境をつくっているのではないでしょうか」

教育現場で起きている問題は、社会全体でも起きている

企業向け人材育成プログラムも実施。「プログラムを通じて、社会人の方たちが平日に授業づくりに関わってくれている風景です。公立高校に多様な接点を築きつつ、それを通じて大人たちも学び、それを組織に持ち帰ることで、個と組織の変革につなげていくプログラムです」(石黒さん)

「対話の不在」のような問題が、なぜ学校教育の中で起きているのか。そこには、急速な経済成長を遂げてきた「近代」というパラダイムとの密接な関わりがあると石黒さんは指摘します。

「経済成長のスピードにおいては、多様な個性や自由の尊重よりもみんなで同じ方向に向かっていく力が求められていたと思います。しかし時代が少しずつ変わり、一人ひとりの個性や可能性を生かせるようになってきた。その現在の社会のあり方に、現行の教育システムが追いつけきれていないのではないでしょうか」

「私たちの活動のビジョンは『生まれ育った環境をこえて、一人ひとりが想定外の未来をつくる』というものですが、教育制度が個を生かしきれていないのであれば、学校という場そのもの、教育制度そのものを問い直す必要があると考えています。そして多様性のある時代だからこそ、この問題に学校だけが取り組むのではなく、私たちソーシャルセクターや多様なメンバーで取り組むことが大切だと思っています」

「日頃から、学生も社会人プロボノもフラットに議論をしています。こちらは団体のミッションである『教育の再定義』をどこから引き起こすのか、レバレッジポイントを分析している様子です」(石黒さん)

ただ、課題を見据えつつ「課題解決」ではなく「価値創造」という視点から取り組みたい、と石黒さん。

「一つの課題を解決しようとすると『誰が悪い、何が悪い』という問題の特定や、解決のための対処療法的なアプローチに走ってしまいがちです。多くの問題は単線ではなく複線で起きていることがほとんどですが、課題から入ってしまうと、それを見抜けにくくなる。例えば学びに向かわない子どもがいた時、背景にはその子が抱える家庭環境や、先生との関係性があるかもしれません。もしその子に対して寄り添えていない先生がいたとしても、その先生が悪いのかといえばそうではなく、その先生にも多忙さや、あるいは社会からの責任や評価の圧によって、誰にも相談できない問題を抱えている可能性があるかもしれません」

「学校の現場で起きている小さな課題にも、一人ひとりの行動の背景には家庭環境から、あるいは学校の組織文化、評価制度など、その背後には様々な社会課題が絡み合っています。個人モデルではなく社会モデルとして、課題を俯瞰する必要があると思っています」

「VUCAの時代」がもたらす可能性

PBLのゲストとしても、多様な大人たちが参画している。「この写真はエンジニアの方が話してくれているところです。一年間を通じて様々な関係性を持ち込むことで、生徒たちの興味が刺激されます」(石黒さん)

近年、テクノロジーの劇的な進化、世界経済のグローバル化などにより、社会はより複雑で予測できない時代になってきています。

「この近代以降のパラダイムは『VUCAの時代』と言われています。これは“Volatility(変動性)”、“Uncertainty(不確実性)”、 “Complexity(複雑性)”、“Ambiguity(曖昧性)”の頭文字をとったものですが、この将来の予測が困難な『VUCAの時代』の到来は、人間社会にとって最も多様性が認められる時代であり、むしろ教育や社会にとって大きな可能性があるものだと思う」と石黒さん。

「これまでのように一つの正解をつくったりそれを暗記したり、システム全体で歯車を回していく社会ではなく、個人一人ひとりの知や考え方が、気持ち良い未来をつくっていくのではないでしょうか。『しなければならないこと』ではなく『やりたいこと』ができる仕組みが生まれていくのではないかと思っています。教育の現場でも、これまでのように定められた正解を学ぶのではなく、自らの意志で動き、考え、人や社会と呼応しながら変わり続けるあり方が問われているのではないでしょうか」

一人ひとりの個性を認め、「Will」を引き出すプログラム

青春基地のPBLは現在、東京と長野の二つの公立高校で、通年の必修授業として実施されています。

「軸となるのは子どもたちの学びづくりですが、先生がたとの協働と対話を何より重視しているほか、異学年での授業や、学外でのフィールドワークを出席に認められないかどうかなど、様々な枠を超えた構想もしているところです」と石黒さん。プログラムでは、何よりも対話を通じ、一人ひとりの「Will(望み・欲していること)」を引き出すことに重きを置いているといいます。

「『最近の若い子はやりたいことなど無いのではないか』という質問をよくいただくのですが、すべての人、誰しもが本質的に『Will』を持っていると思います。ただ、もしかしたら言葉にする勇気が今はないのかもしれないし、はっきりとかたちが見えていないのかもしれない。『やりたいことがない』ことも『迷いがある』ことも一つの表現」と石黒さん。

「一人ひとりを信じて待ちながら、対話し、思いを共有することが大切です。PBLの目的はプロジェクトを完成させることではなく、途中で頓挫した時にこそ見える興味関心や偶然の出会い、そういう過程のなかで、何か自分を動かすテーマや力と出会うこと」と話します。

既存の価値観をリセットできる場所

「PBLは『他人にどう評価されるか、どう思われるか』という外発的な動機をほぐして、内発的な動機にシフトするためのプログラムだと思っています。『本当にやりたいこと』を通じて、学校の先生だけではない、たくさんの大人や学外の人たちと関わっていく中で、思い込みが外れ、新しい価値観をどんどん吸収していくことができる」と石黒さん。

プログラムを通じ、高校生だけでなく、授業に携わる大学生インターンや社会人にも大きな変化が表れるといいます。

「自分と異なる視点が出てきた時、そこには葛藤や恐怖心が生まれることもあります。少なくとも、これまでの教育のあり方はそういう部分が大きかった。PBLはそこを脱して、従来のあり方を解除して、大人も子どもも、皆が対等に、安心安全に好きに話し合える場です。関わってくださる大人の方たちも、学生たちの意見を聞いて『それ面白いね』とか『新しい視点だね』とどんどん、言葉や感性がみずみずしくなっていくように感じます」

「異なる意見は脅威ではなく、新たなアイデアが生まれるきっかけかもしれない。好きに話し、対話することで互いを自由に認め合い、そこからさらなる新しい観点も生まれてきます。子どもも大人も『なりたい姿』でいられるミラクルが、起きてくるんです」

PBLを届ける活動を応援できるチャリティーキャンペーン

チャリティー専門ファッションブランド「JAMMIN」(京都)は、「青春基地」と1週間限定でキャンペーンを実施し、オリジナルのチャリティーアイテムを販売します。「JAMMIN×青春基地」コラボアイテムを買うごとに700円がチャリティーされ、PBLを学校現場に届けていくための資金となります。

「JAMMIN×青春基地」9/16~9/22の1週間限定販売のチャリティーTシャツ(税込3400円、700円のチャリティー込)。Tシャツのカラーは全11色、チャリティーアイテムはその他バッグやスウェットも

JAMMINがデザインしたコラボデザインに描かれているのは、「対話」を意味する二つの手と、そこから広がっていく無限の可能性。「青春基地」の活動を表現しました。

チャリティーアイテムの販売期間は、9月16日~9月22日の1週間。チャリティーアイテムは、JAMMINホームページから購入できます。JAMMINの特集ページでは、インタビュー全文を掲載中!こちらもあわせてチェックしてみてくださいね。

新しい学びを届ける学校改革、若者に「想定外の未来」を届ける〜NPO法人青春基地

山本 めぐみ(JAMMIN):
JAMMINの企画・ライティングを担当。JAMMINは「チャリティーをもっと身近に!」をテーマに、毎週NPO/NGOとコラボしたオリジナルのデザインTシャツを作って販売し、売り上げの一部をコラボ先団体へとチャリティーしている京都の小さな会社です。創業6年目を迎え、チャリティー総額は3,500万円を突破しました。

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