――若者が社会貢献思考を持つようになった背景には、「かっこいい」の変化があると思っています。拡大がよしとされてきた高度経済成長期の「かっこいい」では、「成り上がり」、「上昇思考」「一匹狼」などが連想されていました。しかし、今の20代が抱く「かっこいい」は、「誠実」「やさしい」「仲間思い」です。このように、時代に応じて「かっこいい」がエシカルに近づいてきているので、若者は抵抗感なく社会貢献活動ができるのではないかと見ています。
西田:「かっこいい」のイメージが変化しているのでしょうね。ですが、ぼくは「かっこいい」のイメージが変わったというより、かつての「かっこいい」イメージに共感できなくなったのではないかと思います。
「昭和の厳格で強い父親」が成立しなくなり、しかもどうもそのソフトランディングにも失敗したことが露呈されてしまったのではないでしょうか。本作のモチーフにもなっていますね。高度経済成長期などの昭和の行く末は、バブル崩壊と就職氷河期がやってきました。結局、昭和モデルに持続可能性はなく、平成の社会には合わなくなったのではないかと思います。
さらに、ボランティアや社会貢献は本当に普及したかはよくわかりません。データを見ても、ばらばらな結果が出ています。ですが、単純にボランティア経験者数だけで見ると増えてはいます。
義務教育の過程に「ボランティア」があり、高校卒業までの間に誰しもがほとんどが何かしらのボランティア活動を経験しています。しかし、これはボランティアの本来の意味である「自発性」によって、活動しているわけではありません。社会体験のようなものです。
中等教育までに経験しているので、大学生になってからこうした活動をはじめる際に、心理的なハードルは下がっているでしょう。しかし自分でNPOを起こして、持続している人が増えたのかと見ると、どうでしょうか?メディアで取り上げられる人はいつも同じですよね。
NHK放送文化研究所が実施する定期的な意識調査『現代日本人の意識構造』では、こんな結果が出ています。「あなたが身近な局面で問題に直面したときにはどうしますか?」という問いには、「①自分で解決する、②行政などに頼む、③静観する」の3択が用意されています。
70年代から日本人が一番多い回答は、②でした。その次に③がきています。むしろ、直接的な行動を起こす①が多数になったことはありません。学生運動の退潮以後、なおさらその傾向に拍車がかかっています。これを、職場、地域などに置き換えても、いずれも①は少ないのです。
確かにボランティアがメディアに露出している機会は増えていますが、本当にぼくたちの意識が変化しているかは、よくわかりません。他方で、社会体験は教育課程の中に組み込まれているので、参加することへの心理的抵抗は下がっているということは言えるようにも思いますが。
――「いじめがあれば学校に連絡する」「地域で問題が発生したら、市に頼む」など日本人はお上頼みの意識は強いと言われています。ジャーナリストの田原総一朗さんは、このお上意識が投票率にも表れていると話しています。「年配者ほどお上意識が強いので、政治に頼り、投票へ行く。しかし、若者たちはお上意識が低く、政治に頼らない。背景には、自分たちで解決する術を身につけたから。だから、政治に期待しないで、投票にも行かない」と。
西田:投票率の問題をどう捉えるかはなかなか難しいですね。何をもって投票率が高いと言えるのでしょうか。つまり、投票率80%だとなぜ高いと言えるのですか?ということです。それでは70%、もしくは50%は高くないのでしょうか。
投票率というのは相対的な基準ですから、高低を論じることにあまり意味を感じません。もちろん投票率が低い場合に、既存の組織票の強さが増すといった関係性を論じることはできますが、投票率の高低自体を論じることにはあまり意味を見いだせません。また投票率で見ると、おおむね先進国は低い傾向にあります。高いのは、独裁国家や腐敗が進行している国、危機に苛まれている国です。
成熟した先進国では投票率の低さではなく、「投票率が低くても社会が自律的に動いていく」ということがいえるかもしれません。しかし先進国の中でもやや日本は特殊です。残念ながら政治は十分に機能していませんし、社会にも課題が数多くあります。これらの問題を投票率に還元するのは、ミスリーディングなのではないでしょうか。
先進国においては、いわば投票率の問題は基本的には解決されない問題だからです。大文字の政治以外の身近な対象にコミットメントできるのが、成熟した先進国の特徴だからです。本質的な問題は、政治が機能していないことです。投票率にこだわるのは問題をすりかえているようにも見えます。「国民が参加しないから、政治が上手くいかない」というのは、政治家らにとって有利な言い訳です。
投票率よりも重要な問題として、政治教育の問題があるでしょう。現在進行形の政治をどう捉えるかという授業はまったくありません。政局を捉えるフレームワークを持たない状態で、突然投票年齢になったら政治と向きあわなければならないのです。
たとえば「歴史」では第二次世界大戦までで、現代史は深くやりません。「政治・経済」では三権分立などの原理原則を、「現代社会」では「人権」や「環境」などのイシューごとに分けて受けます。
そこでは自民党と民主党の議席数をどう考えるのかなどの問題はありません。18歳までこのような教育を受けてきて、20歳になって投票権を持っても、どこに投票したらよいのか分からないのも無理はないでしょう。ネット選挙解禁も情報増に寄与しますから、もしかすると余計に政治の理解を難しくしてしまう傾向もあるかもしれませんね。
■グローバル人材になったら幸せになれるのか?