――今までの人生の中で最も悲しかったできごとは何ですか?
「まだ去年の話だよ」
そう言った後、笑いながら話したくないよと言った弟分のノリエルを労わりながら、事情を知るACCESSスタッフのジェインが言葉を継ぐ。
「12月30日にお母さんが死んだの。ノリエルはまだ自分の口でそう言いたくないのよ」
あるNGO団体が主催するリーダーシップ育成のトレーニングを受けるため、6ヶ月間スモーキーマウンテンⅡを後にしていたノリエル。翌日の12月31日に研修を終え帰宅する予定だった。スカベンジャーとして働いていた母親は、1年以上結核を患い闘病していた。
投薬治療を受けながらも、容体の変化については極力子どもたちに伏せていたと言う。結核では6ヶ月間継続的に治療することが求められるが、治療費がかさみ家計を圧迫するため、母親は病状が多少回復する度に子どもに黙って治療を打ち切ってしまっていた。
栄養を取って安静にする。こうした最低限の治療すら、スカベンジャーとして家族を支える母親には叶わないことだ。ゴミ山に戻った彼女の体を過酷な労働はむしばみ続け、病状は徐々に悪化していった。
仕事場としてのゴミ山は危険に満ちている。医療用廃棄物として血液患者に使用された注射針が落ちていないとも限らない。スラムに暮らしスカベンジャーを生業としている誰もが破傷風の予防接種を受けていない。みなが怪我を恐れながら、指先のむき出しになったビーチサンダルで歩みを進めている。
ノリエルの母親の死に決定打を与えたのもまた、破傷風だった。医者には膝下を切り落さなければならないと言われたが、彼女はそれを拒否。治療費の問題はさることながら、片足を無くすことは職を失うことを意味する。気丈な彼女にはあり得ない選択肢だった。
普段から優しく、誠心誠意努力して救いの手を差し伸べてくれたという母親。時には子どものようにじゃれ合い、なんでも話せる親友の様な存在だったと言う。