翔子さんの字は、なぜ人の心を動かすのか。泰子さんは、「欲望がないから」と話す。「私のほうがうまく字を書けるが、翔子ほど感動は生むことはできない。勉強して、競い合い、効率性を求めてきたが、翔子は違う。無心で、何も見返りを求めずに、一瞬一瞬を全力で生きている。何も求めないパワーが人を魅了している」。
翔子さんは、信じる力を強く持つ。例えば、すぐに好きな人と結婚できる。正確には、結婚した気分になれるのだ。学校で好きな人ができると、相手がどんな態度を取ろうとも、自分のことを好きになってくれていると思い込み、まるで付き合いたてのカップルのようにウキウキした毎日を過ごせる。
泰子さんが涙が止まらなかった出来事がある。それは、NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を書くために、広島を訪問していたときだ。NHKから用意されたホテルに泊り、一緒にお風呂に入っているとき、翔子さんから、「ママ、幸せ?うれしい?」と聞いてきた。
その言葉を聞いたときに、泰子さんの目から涙が溢れ、「ダウン症の宣告を受けたときには、すごく辛かったが、今では日本一幸せになれた」と実感した。
泰子さんは、翔子さんを育ててきて、「闇の中にこそ、光はある」と確信した。「いつも希望は辛い経験の中にあった。普通学級に進学できなかったとき、入社を諦めたとき、前が見えないときにこそ、光はあった。生きてさえいれば、絶望はない」。
翔子さんの夢は、30歳になったら一人暮らしをすることだ。場所は、東京ディズニーランドの裏に決めている。しかし、泰子さんの不安は尽きない。「いつかは私もいなくなり、私なしで生きていかなくてはいけないけれど、本当に心配。一人で生きていけるのか」。
障がいを持つ子の母親の最大の願いは、子の自立でもあるが、最大の不安でもある。「一度は(一人暮らしを)させてみるが、長期間はさせないつもり。この不安は一向に晴れない」と話す。
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